中澤日菜子【んまんま日記】#11 駄菓子ワンダーランド

新元号も発表され、ますます「昭和」は遠くなりにけり。あなたは駄菓子にどんな思い出がありますか? この連載では、母、妻、元編集者、劇作家という顔を持つ小説家であり、美味しいものに目がない昭和生まれの中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。
駄菓子屋さん。
このことばを聞いて、こころ躍らせるのは四十代半ば以降のかただろうか。
昭和四十四年生まれのわたしも、もちろん駄菓子屋さんと聞いただけでテンションが上がる世代である。
お菓子でもスナック菓子でもなく、駄菓子。思えば菓子に「駄」がつくなんてちょっとひどいというか失礼な気がする。
試みに、手もとにある辞書で「駄」を引いてみると――「値打ちのないもの。駄菓子、駄作、駄洒落」と出てくる。駄作や駄洒落はともかく、あの郷愁を誘う、子どもがお小遣いで買える貴重な駄菓子を「値打ちのないもの」にくくって欲しくないなあと思う。それくらい駄菓子はあの頃の子どもたちに愛されていたのだ。
とはいえ、わたしの身近には駄菓子屋さんは一軒もなかった。わたしが小中学生時代を過ごしたのは東京の西のはずれにある民間企業が開発したニュータウンで、そこには八百屋さんや肉屋さんといった生活必需品を売る商店街しかなく、おばあちゃんが店番をしているような昔ながらの駄菓子屋さんは見当たらなかったからである。あったのは、今でいうコンビニのような雑貨店だけ。その店の狭い一角がわたしにとっての「駄菓子ワンダーランド」であった。
今でもよく覚えているのは、確か十円で買えたフィリックスのガム。包み紙は赤地に黄色い円。まんなかに目の大きい黒猫が描いてあるやつ。味はコーラ味ではなかったか。横長で、中央にスジが入っており、ふたつに割って友だちと分け合うことができた。「あたり」が出るともう一個もらえるのも楽しみだった。
チョコレートなら、数字のかたちをしたマーブルチョコ。味が変わるわけではないのに、赤いのはいちごのイメージがあったし、黄色いのはバナナを思い浮かべたものだ。パラソルチョコはちょっと高級品で、買おうかどうしようかいつも迷った。でも食べ終わったあとのステッキ状のプラスチック棒が可愛くて、その棒欲しさに買った記憶がある。
こう書いていくといかにもお小遣い豊富な子どもに思われるかもしれないが、両親が共働きで、大正生まれの祖母に育てられたわたしは、なかなかお小遣いをもらえなかった。「買い食いなんてお金の無駄遣いだ」と、祖母は決めていた節がある。なので毎月支給されるお小遣いをためては、ちびちびと使っていた。
そんな「駄菓子の思い出」のなかに、四十年経った今でも悔しさとともに思いだす一品がある。
三角あめ。色とりどりの円錐形で、おしりのところに糸がついてるやつ。透明なプラスチック製の壺のなかにたくさん詰められており、糸だけが外にぴろんと垂れている。その糸を引いて買うのだが、運がいいと「あたり」で、一本の糸にふたつついていたり、特大のあめが出てくるあれだ。残念ながら自宅近くの商店街に三角あめを常備している店はなく、噂は聞けど実物を見たことがない、あこがれの駄菓子のひとつだった。
小学校低学年のある日のこと。友だち数人とニュータウンを出て、近くの村の街道沿いの駄菓子屋さんまで遠征したことがある。そこで初めて「あこがれの三角あめ」を、わたしは見た。興奮したのは言うまでもない。それはみなも同じで、口々に「珍しい」「買おうよ」と言い、運試しを兼ね、一本ずつ糸を引いていった。
だがそのときのわたしには持ち合わせがなかった。あるいは前日に「最近お金を使い過ぎだ」と祖母に叱られ、小銭を持たされないまま家を出たのかもしれない。
とにかくみんながわいわい楽しげに糸を選ぶなかで、ひとり、少し離れてその光景を見ていた鮮明な記憶がある。
いいなあ。わたしもやりたいなあ。
けれどお金はない。たとえ十円二十円であろうと、その頃のわたしに「友だちにお金を借りる」という勇気はなかった。まさに指をくわえて見ていたのである。そして決意したのだ。いつかお金をためて、三角あめを引いてみようと。
だがその機会が訪れることはなかった。再訪するまえにその駄菓子屋さんが廃業してしまったからである。
以来、三角あめはわたしのこころのなかで生きつづける、永遠のあこがれとなった。
もしもタイムマシンがあったなら、あの日あの時のあの場所に行って、幼いじぶんにそっと五十円玉を握らせてやりたい。あるいは壺ごと大人買いして、眠るじぶんの枕もとに置いてあげたい――
そんな夢想をいまだにつづける五十歳の春である。
【今日のんまんま】
韓国料理のメッカ、新大久保で食べた「カンジャンケジャン」。カニ味噌と身を食べたあとは、まぜご飯にしてくれる。んまっ。
【んまんま日記】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
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