中澤日菜子【んまんま日記】#12 帯に短し

どうしてこの写真が撮れたのかが気になるー。この連載では、母、妻、元編集者、劇作家という顔を持つ小説家であり、ラーメンが大好きな中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。
先月の二十日だからちょうど一か月ほど前になる。高校時代から通っていた大好きなラーメン屋さんが閉店してしまった。
京王八王子駅前にあった「九州ラーメン 桜島」。開店したのは昭和三十八年、つまり五十五年間「八王子のソウルフード」として営業しつづけていたお店であった。部活や委員会の終わった夕暮れどき、ちょうどお腹が空きすきになっているときに、何回、いや何十回飛び込んだことだろう。
「桜島」でもっとも人気があったのは味噌ラーメン。
といっても普通の味噌ラーメンとは違い、白濁したスープの上に野菜やひき肉の入った味噌がこんもり盛り付けてあり、それを箸で溶きながら食べるという、他では見られないスタイルの味噌ラーメンである。これにトッピングのバターを乗せ、テーブルに置いてあるにんにくをたんまりと入れ、味の変化を楽しみながら食べるのが高校時代からの定番だった。
激辛ブームに沸いた八十年代からは、豆板醤の一種「辣醤」をたくさん入れたラージャン麺が味噌ラーメンと並んで人気メニューとなり、辛いもの好きなわたしのハートをがっちり掴んで離さなかった。
その思い出の味が……青春のあのラーメンが……!
ちなみに「桜島」は値段もとても安く、味噌ラーメンは五百円。確か高校の頃は三百五十円ではなかったか。当時はさらに食べ放題のたくあんも置いてあり、腹ぺこ高校生はよく「ラーメン→たくあん→ライス→ラーメン……」という無限ループでお腹を満たしていた。
さて、友人Cちゃんと訪れた最後の一食。店内を見回していたCちゃんが「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「見て日菜ちゃん。『閉店につき使用していた丼を差し上げます』って張り紙があるよ」
Cちゃんの指さす先には確かにそんな張り紙が。がぜんわたしのテンションが上がる。
「欲しい! 思い出にぜひ欲しい! それにちょうどいま、家にラーメン丼がなくて困っているし!」
叫ぶわたしに笑顔を向けたCちゃんは、店員さんに声をかけ、「すみません。丼ください」と頼んでくれた。
だがしかし。
「申し訳ありません。今日のぶんは、こちらのお客様でなくなりました」
がーん。見ると隣のテーブルの家族連れが紙で包まれた丼を手に笑っている。
貰えないとわかるとよけい欲しくなるのが人情というものである。仕方がない、もう一回来ようと言い合い、店を出た。
夕方、Cちゃんからメールが届く。
「用事を済ませたあとに寄ったら、店員さんが顔を覚えていてくれて、二つ出してくれたよ」
なんとCちゃんはわざわざ帰りにもう一度店に行ってくれたらしい。大感謝である。
とはいえ丼は二つ。我が家は四人家族であるからして、あと二つ欲しい。欲を出したわたしは、八王子在住の別の友人Iくんに指令を出した。
「明日行って、丼二つ貰ってきて」
思えばなんという傲慢かつ根性の卑しいオンナだろうか。けれどもIくんはこころよく申し出を受けてくれ、首尾よく丼をゲットしてくれたのである。ありがとう、友よ!
数日後、丼を受け取るためIくんと会う。
「これでよかったんだよね?」
差し出された丼は……丼は、ラーメンというよりお茶碗に限りなく近い形状のものだった。たぶんライス用として使われていたものであろう。期待していたものと違ったため、がっくりするわたし。とはいえIくんにはなんの罪科もない。笑顔を作って受け取った。
大丈夫、まだCちゃんがいる。きっとCちゃんが手に入れてくれた丼は、ラーメンにジャストなサイズに違いない。
さらに数日後、わたしはCちゃんと落ち合い、丼を受け取った。
「これでよかったんだよね?」
差し出された丼は……丼は、想像を遥かに超えて大きく、もはや洗面器に近いサイズ。どうやら店では大盛り用として使われていたらしい。二度めのがっくり。だがやはりCちゃんを責めることなどできない。
写真を見ていただきたい。
欲しかったのはまんなかのサイズで、左がIくんの、そして右がCちゃんのゲットしてくれた丼である。どちらもラーメンを入れるには小さすぎ、そして大きすぎる。まさに「帯に短し襷(たすき)に長し」。いまわたしはこれらをどのように使うか、悩みに悩んでいるところである。
【今日のんまんま】
こうやって並べてみると、なんとなく鯉のぼりみたいである。んまっ!?
【んまんま日記】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
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