沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第34回『山に逃げよう』

日帰りのレジャー、あなたは身軽に旅立てますか? イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。『人生のことはすべて山に学んだ』という沢野さんの言葉には、説得力があります。

 梅雨の頃の山も良いものだ。水分をいっぱいに含んだ緑の葉が鮮やかで、眩しいくらいだ。
 夏山シーズンを前にして、山はひっそりと静まりかえっている。
 この時期、毎年雨具の進歩に目を奪われる。雨の多い日本の山では、まず雨具にお金をかけたい。雨具の準備がしっかりすると、雨の日の登山も苦痛にならない。さらに今は山小屋もゆったり泊まれる時期である。



 山の食事はシンプルの一言に尽きる。私のお弁当は大きなおにぎり二個、茹でタマゴ、そしてキュウリにトマトがいつものパターンである。
 暑い日はトマトが体に良い。水をガブガブ飲むと確実にバテる。ビタミン、ミネラル、水分をたっぷり含んだトマトは水分補給に最適である。塩を振ることによって脱水症状にもならない。キュウリもほてった体を冷まし、血圧も下げてくれる。ただし胃腸の弱い人や冷え性の人は避けたい。
 トマトとキュウリは疲れた体に喝を入れてくれる。あとはチョコレート一枚が必携である。


 例えば日帰りの山なのに、ごっそりとお菓子類や缶詰、フランスパン、チーズにワインとザックを膨らませている人がいるが、休憩ごとに食べていては絶対に頂上に立てない。
 まして登山中は絶対に禁酒。アルコール類は下山して、後は電車に乗って帰るだけといった所ではじめて飲める。

 山に登るのに袋物にこだわり、あれもこれもと小分けする人がいるが、すべて良くない。部屋にやたらに収納ケースを置くと、余分な物が増えるばかりなのと似ている。山登り用のザックは、分類が一目でわかるように出来ている。袋物にあえて入れる必要はない。
 登山といって構えると不安になり、着替えの服などあれこれザックに入れるが、それらすべてを背負うのは自分である。山でへたらないコツは、ザックはできるだけ軽く、歩くスピードは亀のごとくゆっくり一歩一歩である。


 ベテランの登山者と山に行ってあらためて驚くのは、荷物、食料の少なさである。登る山の情報を事前にスマホにいくら入れても、登るのは自分の足である。
 山登りに余分な物を持って行かないのが、登山の基本である。リタイアする人は押し並べて、ザックにいろいろ詰め込んでいる。頂上に立てない人ほど屁理屈をこねる。




【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。還暦後より中国語を学び続け、もはやライフワークでもある中国での放浪を綴った最新刊『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)が好評発売中。

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