新井由木子【まだたべ】vol.041 “3gの違い”のわかる女の巻

重さ1gの身近なものといえば、1円玉。ということは、1円玉3枚分の重さが感覚的にわかるってことですね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 わたしは昼間は書店ペレカスブックの店主ですが、朝早い時間はsoso cafe(ソソカフェ)というところで、おむすびを作っています(まだたべvol.010参照)。わたしが早朝に出勤してご飯を炊き、炊き上がった頃に社長とレイコさん、週末にはアヤノちゃんとイスズさんがやってきて、様々なおむすびを仕上げていきます。

 soso cafeのおむすびは野菜のおむすびです。今はケールが旬なので『ひよこ豆とケールのおむすび』が人気です。ケールというと青汁の原料として苦いイメージがありますが、草加の農家chavi pelto(チャヴィペルト)のケールは火を通すと苦味がなくなり、滋味がたっぷり。千切りのケールを大きな鍋で炒めると、油にじんわりと馴染んで塩味が引き立ちます。最後に挽きたての完熟胡椒を振って、茹でたひよこ豆と一緒にむすびます。このレシピを考えたchavi peltoは天才だと思います。

 ほぼ季節に関係なくある野菜のおむすびは『人参のおむすび』です。千切りにした人参を少量のゴマ油と種々の調味料で炒め(この炒め加減は重要です)、少量のお醤油で味を立てる。最後に乗せるひねりゴマが良いアクセントになっています。
 他にも『梅大根のおむすび』『キャベツとベーコンのおむすび』『カリフローレのフリットのおむすび』などなど、旬の野菜で様々なおむすびを作っています。

 面白いなと思うのは、採れたての野菜は日によって調子が違うということ。
 同じように炒めても、たくさん水が出たり、甘みが立ったり立たなかったりします。季節の移り変わりと共に野菜の変化を感じられる、そんな(ほぼ)毎朝のおむすびの仕事は、とても楽しいのでした。

 ご飯が炊き上がり、レイコさんが出勤してくると、とたんにsoso cafe内は目まぐるしく動きはじめます。わたしがご飯を計り分け、レイコさんがふんわりと丸くむすび、海苔を巻いたりトッピングをしたりして仕上げます。おむすび1個分の重さは100gですが、レイコさんは103gになると手に乗せた感覚でわかるといいます。3gの違いがわかる女が相手だと、俄然、計量も研ぎ澄まされてきます。今ではわたしも5gが米何粒か、だいたいわかるようになってきました。

 狭いsoso cafe内なので2人のポジショニングは背中合わせ。様々なおむすびを次から次へと仕上げている姿は、背中合わせの2体の千手観音のように見えるかもしれません。
 無駄のない動きで作業を進めていても、口は比較的暇です。なので、ここでも無駄のないよう、わたしたちは空いている口で、重要な情報交換をするのでした。

「最近暖かくなって、米の吸水が良いみたいだから、浸水時間を5分縮めます」
「おかかをパリパリにしたいので、お砂糖を変えてみます」
 などなど、業務上のこともあれば、同じ草加市民、お互いのための情報交換になることもあります。
「新井さん、いい内科知りませんか?」
「どうしたの、病院変えたいの?」
「いえいえ、今かかっている先生は名医だと思うんですけど、ご高齢で、引退なさるみたいなんです」
「名医なんだ。惜しまれつつだね」
「そうなんですよ。でも昔ながらの町のお医者さんなんで、診察の時に素っ裸にされるから、若い人は驚くみたいです」
「へえ! 素っ裸になるのか! そりゃすごいなあ。触診の時も?」
「ええ、お腹の触診でも、聴診器で胸を診る時も、素っ裸です」
「せめてパンツくらいは、はいていたいなあ」
「ヤダ、新井さん。パンツははいてますよ。パンツを脱ぐのは、スッポンポンじゃないですか」

 素っ裸とスッポンポンに、そんな違いがあったとは。
 背中合わせなのでレイコさんにわたしの顔は見えませんでしたが、わたしは齢(よわい)50にして初めて知った事実に、目を丸くし口を大きく開いて驚いていました。ていうか、全裸で診察という場面を想像してた時点で、名医にともなると局部の毛並みなども診察の重要ポイントなのだろうかと、驚きは始まってはいたのですが。

 後で調べてみたところ、素っ裸もスッポンポンも、一糸まとわぬ姿とのこと。この二つが違うというのはレイコさん独自の解釈のようです。
 ところでパンツって何gくらいでしょう。毎日100gを量っているわたしの感覚では、30gくらいかと思います。パンティーだったら20gくらいでしょうか。このパンツとパンティーの違いは、わたしの独自の解釈です。
 3gの違いがわかる女の、素っ裸とスッポンポンの間にあるg数が、なんだか気になったりするのでした。



(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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