中澤日菜子【んまんま日記】#17 韓国編 その3

共に旅する友や、旅先で出会う人々と語り、ときに帰りを待つ家族を思う。出かけて食べて話をする……そんなシンプルな繰り返しの中に、旅の醍醐味が隠れているのかもしれません。この連載では、母、妻、元編集者、劇作家という顔を持つ小説家であり、初めてのソウル旅行を満喫中の中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。

 ソウル三日目、今日も快晴。
 今朝は日本でも人気の高いソルロンタンから始まりはじまり~。
 牛骨やタン、内臓などを白濁するまでことこと煮たスープ=ソルロンタンに白いご飯、葱や白菜キムチ、カクテキなどのおかずがついた定食風。ソルロンタンにはお肉のかたまりも浮かび、さらに素麺まで入っている。これだけで朝ご飯にはじゅうぶん。でも白飯にソルロンタンをかけて食べると、これがまたいくらでも入っちゃうのである。キケン……

 朝ご飯を食べながらRちゃんと作戦会議。かねてから行ってみたかった国立中央博物館を見学しようと話がまとまる。
 東大門(トンデムン)から地下鉄で二村(イチョン)まで。
「平日だから空いてるよね」と言いあっていたのに、なぜか駅構内から博物館まで私服の中高生がわんさか。
「おかしい……」
 眉をひそめるRちゃん。はっとなにかに気づき、ガイドブックを確かめる。
「どしたの?」
「日菜ちゃん……今日は『先生の日(ススンエ ナル)』で祝日だった……」
 呻くRちゃん。祝日ということは、これは校外学習か何かの集団であろうか。
 それにしても数が多い。しかも手すりを滑り台にしたり、エスカレーターを逆走したりと、ちょっとメーワクな部類の学生たちだ。
「これでは落ち着いて鑑賞できない」と意見が一致。急きょ午前中は買い物にあてることにする。

 じつは渡韓前、おしゃれ命の大学生の長女から「これを買ってきて」とメーカーまで指定された大量のお土産リストを渡されていたのだ。Rちゃんにそのリストを見せると、
「これなら明洞(ミョンドン)だね」と即答してくれる。さすが渡韓歴八回のツワモノである。

 地下鉄を乗り継いで明洞へ。ぱっと見、歌舞伎町に似ているなと思う。人ごみをかき分け、コスメを扱う店へ。フェイスマスクやらリップティントやら、長女の指令に従って買いあさる。母親の財布だからという魂胆であろう、きゃつの指定品はちょいと値段の張るものばかり。
「なんで長女にばかりこんないいものを」
 むらむらとわき上がる対抗心。ついついじぶんのぶんまで買ってしまう。ふだん化粧などまったくしないくせに、だ。

 すべて買い終わり、重たい買い物袋を提げて、ようやくお昼。
 せっかくの韓国だ、本場の参鶏湯(サムゲタン)を食べようと、Rちゃんおすすめの参鶏湯専門店へ。ひとり一羽では多すぎるので、半鶏湯(パンゲタン)をオーダー。すぐにぐつぐつと煮えた半鶏湯がテーブルに運ばれてくる。これがまた美味しいのなんの! ほどよい塩加減、とろけそうなほど煮込まれた鶏肉に高麗人参やもち米、松の実などがたっぷり入っている。汗をかきかき啜(すす)ると、買い物の疲れがすーっと取れてゆく。まさに薬膳。スープの最後のひとさじまで飲み干した。

 さて午後は、これまた訪ねてみたかった、いにしえの韓国の街並みが残る北村(プクチョン)へ。今夜はこの北村にある伝統的な韓屋(ハノク)を利用した民泊、いわば民宿に泊まる予定。
 いったんホテルに戻り、預けていた荷物を持ってタクシーで北村へ。近づくにつれ、瓦屋根、レンガ造りの家々が増えてくる。

 宿泊する韓屋は、メインストリートから一本路地を入った奥にあった。けして広くはないが美しい中庭を持ち、客室は新たに改装したのだろうお風呂やトイレは現代的で清潔ながら、かつての韓屋を再現した情緒あふれる造りになっている。
 青空に映える庭や家の造作を愛でながら、共同リビングでしばし休憩。吹き抜ける風がここちよい。
「いつまででもこうしていたいねぇ……」
 Rちゃんのことばに激しく同意するわたし。

 とはいえ夕飯は、これまた楽しみにしていた、Rちゃんの知り合いであるオンニ(お姉さんの意)の自宅で、韓国の家庭料理を振る舞っていただくことになっている。北村の街並みを散策しながら目指すオンニの家へ。オンニのご自宅も古い韓屋で、ご飯だけでなく宿泊もできるという。

「ようこそわが家へ。お待ちしていました」
 長身でおっとりとしたオンニが優しい笑顔で迎えてくれる。中庭にしつらえられた長テーブルに、さっそくオンニと近所のお友だちが作ってくださった家庭料理が次々と並ぶ。品数も量もとても多く、すべて手作りという料理は、外食とは違いまさに家庭の味だ。オンニによると「誕生日やお正月に食べるごちそうを作りました」とのこと。

 韓国のカボチャを揚げた天ぷらのようなジョン、味の染みた牛肉のスライスに漬け込んだうずらの卵をそえたカルビチム、どんぐりの粉を固めて作ったかたまりに薬草を和えたトトリムク、そしてオンニが漬け込んだ多種多様なキムチや漬物……
 美味しい。毎日でも食べたいくらい美味しくてしかも野菜たっぷり。このテーブルごと日本のわが家へ運びたい!

 食後はこれまたオンニ手作りのお茶をいただく。Rちゃんの質問にこたえてオンニが韓国における「恨(ハン)」の概念を語ってくれる。
「恨とは、単なる恨みではないの。苦しい、辛い、やるせない気持ち、それを相手にぶつけるのではなく、じぶんのこころの底にそっと横たえておく。そしてその気持ちを土台に、いつかよいものに昇華させていきたい、そんなこころもちを言います」
「恨」と聞くとつい「恨めしや」と考えてしまいがちだが、きっと韓国の人びとにとってはそんな浅いものではなく、もっと深い、精神の根本に息づく「生きていくためのちから」なのだろう。

 暮れなずむ空に、昨夜よりちょっぴり太った月が輝く。少しずつでもいい、このいちばん近い「隣人」のこころを理解していきたいと強く思った。



【今日のんまんま】
オンニのごちそう。厚揚げに薬味と唐辛子を乗せた一品は、ご飯にも酒の肴にもぴったり。んまっ。

 

【んまんま日記】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が7月11日に発売予定。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE

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