沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第37回『飯豊山に登ろう』

山の楽しみを知る人は、することも洒落ています。イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。8月には、栃木県の那須ブックセンターで、沢野さんの原画の展示と即売会があります。

 飯豊山(いいでさん)は東北、飯豊連峰に位置する。福島、新潟、山形の県境にあるその山名は、飯をたくさん盛ったように見えるところから付いた。とりわけ登山者があこがれるのは、夏でも広がる残雪や池塘(ちとう)、そして高山植物の魅力である。しかしこの山は、どこから登ってもアプローチが長く、山中で一泊となる。





 里山のブナ林を抜け、一汗二汗をぬぐい、「ああもうダメ。ここで休憩したい」と荒い息に喘ぐ時、目の前には一面のお花畑が広がっている。
 ニッコウキスゲの黄色がまぶしい。さらにチングルマ、タカネマツムシソウ、ハクサンコザクラ、ハクサンイチゲ、ハクサンフウロ、イイデリンドウ等を登山ノートにすばやく描き込む。写真よりだんぜん絵のほうが、のちのち心に残る。

 飯豊山周辺は無人小屋が多く、食料や寝袋は自分で担いで行かなくてはならない。それだけに目標地点に辿り着いた時の喜びも大きい。
 きつい登りが続いても、自分たちのテントを立てる頃には疲れが消えている。
 夕暮れの峰々を眺めていると、「山はいいなあ」と心の底から思う。ましてテントとなると、なんの束縛も受けず、仲間と鍋を囲み、笑い合い、ポケット瓶のウイスキーをしみじみ味わう。




 飯豊山は信仰の山で、山頂に神社が祀(まつ)られている。手を合わせ登山の安全を祈り、しばらく歩くと、岩の下に光るものがあった。かがんで手を伸ばすと、それは江戸時代の古銭であった。もう一度戻り賽銭箱にそっと入れ、再び礼を尽くした。山には山の守り神がいるものだ。


 あんまり山容と高山植物がみごとなので、もう一泊テントを張ることにした。山の食事は、そうそう手間をかけられない。カレーライスかトン汁で満足する。
 テントの時は、ベーコンのブロックを持っていくことが多い。ほんの少し焼いて酒のつまみに、スープに、カレーにとベーコンは大活躍する。真空パックされたベーコンは日持ちもするので、ザックの奥のほうに隠し持っていく。テントの周りで早めの宴会がはじまると、さりげなくナイフで切って小皿にならべる。すると仲間から喚声が上がる。でもすぐにはあげない。こんなふうにじらす時、喜びが湧きおこるものだ。




 薄切りにしたベーコンをフォークに刺して小型のガスストーブで焼いていると、隣りに座った男が話しかけてきた。
「オレ小さい頃にホタルブクロに本物の蛍いれたことあるよ」
「日暮れ時でボーッと光っていた」
 と言いながら、すっとベーコンを持って行ってしまった。



【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。還暦後より中国語を学び続け、もはやライフワークでもある中国での放浪を綴った最新刊『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)が好評発売中。

●2019年8月3日(土)~18日(日)に、栃木県・那須高原の那須ブックセンターで、沢野さんの原画展示即売会が行われます。サイン本、オリジナル文庫カバーも同時販売。詳細は、那須ブックセンターをチェック。TEL:0287-78-2000 MAIL:info@nasubookcenter.jp

この連載のバックナンバー

▼ もっと見る