新井由木子【まだたべ】vol.048 客寄せの儀式の巻

雨乞いならぬ人乞い? 儀式に必要なものとは。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 お客さんが来ない!
 天気が悪いわけでもない、近所に新しいカフェができたという噂も聞かないのに、その日は何故か開店からお昼近くになっても、お客さんがひとりも来ないのです。

「一体どうしたんだろう」
 からっぽの店内を見回しながら、カフェコンバーション店主(以下コンバーション)が顔を曇らせてつぶやきます。
「もう一生、誰も来る気がしない」
 2階のセレクトショップエダハ店主(以下エダハ)も店番を放棄して、ぐったりとテーブルに突っ伏しています。

 この状況に素直に怒った口調になるコンバーションは、わかりやすい人だと思いましたし、エダハの脱力の様子は骨のないイカのようになっているのが面白いと思ったけれど、笑い事ではありません。無人時間は無間地獄。店舗経営にとっては死活問題です。
 混む日には、お待たせしたりすることもあるのになあ、みんな、今来ればいいのに。
 でも、こういう時は仕方がありません。わたしも書店エリアから抜け出して気に入っている客席に陣取り、溜まっている印刷物製作の仕事をすることにしました。

 しかし、せっかくのわたしの集中もたちまちのうちに『バアン!』という轟音によって断ち切られました。
 何事かと思って顔を上げると、それは金槌(づち)を持ったコンバーションでした。もう一方の手には大きな木のフレームがあります。そして、本来なら裏板やガラスがあるべきフレームの中には、薄いトタン板がはまっています。先ほどの轟音は、コンバーションがこの木のフレームに金槌を振り下ろしたために、挟まったトタン部分が共鳴して大きな音を立てたのでした。

 なおも金槌を振り下ろし続けるコンバーション。よく見ると、トタンには白いチョークで何か書き込みがあり、メニューボードとして使っていたものらしいことがわかります。しかし全体が、アンティークというかボロというか年代物のためにフレームの一辺が外れており、コンバーションはこれを直したいらしいのです。

 無人のお洒落な店内に響き渡る金槌の音。昭和チックな懐かしさすら感じる音ですが、街中で、しかも室内で聞くのは初めての体験です。
 しかし、お洒落カフェ店主でありながら、過去に職人の経歴を持つコンバーションをしても(まだたべvol.020参照)、トタンのフレームは容易に直りませんでした。

エダハ「一体、どういう風にしたいの?」
コンバーション「……」
エダハ「無理やりやったって直らないよ」
コンバーション「……」
エダハ「さっきよりもヒドくなったネ」
コンバーション「……」
エダハ「どんどん歪んできてるよ」
コンバーション「……」

 骨のないイカことエダハもクタクタの頭をもたげて、そこはかとなく小さなトゲを感じる言葉を投げていきます。それをものともせず無言でフレームを叩くコンバーション。たまにはトタンを直接叩いたりもします。そして、どう見てもますます歪んでいくトタン。
 何をやってもピタッと決め、なんでもお洒落に仕上げるコンバーションが、こんなに苦戦するのを見るのは初めてのことでしたので、わたしも声をかけます。     
「いいかげん諦めれば?」
 するとトタンを見据えたまま、コンバーションが語気も荒く言い返してきました。
「諦めない! これ、ものすごく気に入ってるんだから。絶対に直すんだから!」
 そうですか。わたしは自分の作業に没入することにしました。

 ふと気がつくと、あれほどやかましかったトタンの音が止んでいます。顔を上げると、コンバーションがトタンを外した、素通しのフレームを手にしています。
「これ、お洒落だ」
 そう言う顔はとても満足そうで、自信に満ちていました。そして、そのフレームをギャラリースペースに置いて、空白になっている真ん中にわたしから買い上げた原画を置き、
「ものすごくいい」
 と、言いました。

 その後は、まるで悪い魔法が解けたかのように、あるいはトタンを叩く音に乗せてわたしたちの願いが天に届いたかのように、お客さんが訪れ、お店に平和が戻りました。



(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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