新井由木子【まだたべ】vol.050 記憶の本の巻

連載担当者も新井さんに体験談をお話したことがあります。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 草加のカフェコンバーションのレトロチックなガラスの扉を開くと、すぐ左手にアルミの板でできた猫と魚の合体した看板があります。
 そこにある入口を入ると、表紙が見えるように絵本を並べられる壁と、特製の本棚で囲まれた空間になっており、そこがわたしの営むペレカスブックです。
 本棚の他にも、使えなくなったスピーカーや、取り壊し現場から運ばれてきた重厚な木のスツール、昔の医院にあった薬棚の下半分、茶箱や学校の下駄箱など、古いものばかりが配置されており、そのあちこちに本を並べています。

 入口付近には、気軽にお店に入っていただけるよう、読みやすいエッセイやプレゼントに良い本など、女子のハートをつかむ可愛いものを置いています。
 その隣には、カフェにいらっしゃる食いしん坊の方々のために準備した食べ物に関する本があり、その隣が絵本と、大人もハマる児童文学。それからペレカスブックにずっと置くと決めた珠玉の文庫たち。
 そしてその隣がエドワード・ゴーリーなどの少し暗い絵本や小説、更に民俗学や人文学ぽいものと並んでいきます。つまり、入りやすい入口から、奥に行くにつれて内容が濃くなっていく仕組みです。
 そして行き止まりの、わたしが座るレジの一番近くにあるのが、『記憶の本』です。

 それは昔の紙マッチにそっくりなミニ本で、中には不思議な話がひとつずつ収められています。中身を語っている本人が『ほんとうにあった』と思っている出来事の数々で、全てわたしが聞き集めたものです。
 UFOを見たとか、幽霊を見たとか、カッパに遭遇した、などの古来から類型のある話も、類型でありながら一つとして同じ話がないのは鳥肌ものですし、全く関連のない場所での話が類型になるのも面白いのです。
 また、他に類のない本当に不思議なオリジナルの話は、それぞれに独特で、幻想的に美しい話から愕然とするほどに恐ろしいものもあります。
 実はもう20年以上、わたしはこの『ほんとうにあった話』を集め続けていて、文芸誌『小説すばる』(集英社)で7年間連載したものが『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』(大日本図書)として本になっています。そして自分の書店を持ったのを機会に、この『ほんとうにあった話』をミニ本スタイルで継続していくことにしたのです。




 不思議な出来事というのは、日常のちょっとした隙間に、意外と誰にでもあったりするものです。そして、説明がつかないな、不思議だったなあと思っても、忘れてしまったり、その記憶に蓋をしてしまったりするようです。
 また、不思議なものを見てしまったというのは(例えば宙に浮く小人を見たとか、空を歩くサンタクロースを見たとか)、ちょっと気恥ずかしいところがあり、人に話すのは憚(はばか)られると感じる人も多いのです。

 このような人の心の奥底にあるお話を聞かせてもらうには、まずは自分が気恥ずかしさの殻を脱ぎ捨て、スッポンポンになって見せるべし。というのが、わたしがお話を聞き集める上で大切にしていることです。
 なので、この人は不思議な話を持っていそうだな、と、直感が働いた時には、自分から不思議な体験を話すことにしています。すると、実は満員電車の窓からUFOを見たとか、実は超能力があるのだとか、打ち明けてくれるものなのです。

 わたしの体験、それはこんな話です。
 あれはわたしがまだほんの小さな子どもの頃のことでした。
 故郷式根島にある神社の石造りの鳥居のあたりで、紋白蝶を捕まえたのです。両手でフワッと、包み込むように。そして指の隙間から覗いてみると、その蝶には特徴的な大きな目もクルクルと巻かれた口吻もありませんでした。そこにあったのは大きなゴマのような頭。つるっとした顔はのっぺらぼうで、黒い髪はショートカット。そして胸からは人間の手足が生えていたのです。

 こんなこと、夢でも見たのだと片付けてしまっても良いのです。妖精や妖怪やUFOは必ず存在すると思いたい訳ではありませんから。ただ、不思議なものを見てしまう人の心というものは、とても面白いと思うのです。彼岸と此岸の境目を越えて会いたい人の姿を見たり、暗闇に妖怪を見たりしてしまう人の心がとても好きです。

 さて、皆さんもわたしの妖精話を聞いてしまったことですし、ペレカスブックにいらした際には、是非何か、心の隅に引っかかっているお話を聞かせてください。


こちらが『記憶の本』の最初の7冊です。続々と続いています。『vol.001 帰る子』『vol.002 回る犬の足音』『vol.003 登ってくるオレンジの柱』『vol.004 謝る人・青びかった人魂』『vol.005 排水溝の逆立つ髪』『vol.006 しろい涙』『vol.007 浮いている外国の青い女』


『記憶の本』の大きさは、コンバーションのまかないのガパオと比べると、これくらいの大きさです。

(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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