沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第42回『洗濯物を干そう』

よく晴れた秋の日。洗濯物がなくても「干したくなる」ような洗濯日和があります。イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。沢野さんが心の洗濯をしながら描いた絵本、月刊『たくさんのふしぎ』9月号「一郎くんの写真 日章旗の持ち主をさがして」(福音館書店)が発売中。またこの連載をまとめた電子書籍版『食べたり、書いたり、恋したり。』も、Amazonほか主要電子書店にて絶賛発売中です。

 私はいつもスーパーマーケットやホームセンターに行くと、自分でも知らぬ間に洗濯物を干すピンチハンガーの前に立っている。四角や丸、プラスチック製や金属製と、形も材質も意外に多種多様である。これだけ種類が多いという事は、その選択肢の数だけ人を悩ませてきたのだ。


 タオルやおむつを干す傘型のハンガーも、我家に子どもが生まれた頃はあった。だが現在は破棄された。タオルや布巾を干すのは、傘型から四角いピンチハンガーに進化した。無口な妻にその理由を尋ねると「風に弱い」であった。
 我が家は丘の上の高台にあり、風の強い日は油断をすると洗濯物がハンガーごと隣の庭に落下する。


 そんなわけで、風に負けないハンガーというのが、我が家の選択基準である。
 プラスチック製のクリップハンガーは年中紫外線にあたり劣化しやすい。だからこそ慎重に選びたい。大量にビニール袋に入った安売り品などには手を出さない。妻は「いちいち細かい男ね」と軽蔑するが、大切にしていた英国の舶来物のシャツが風に飛ばされ、泥だらけになった事件は忘れられない。



 雨の日は吹き込まない窓を少し開けて廊下に干すが、その時は冬でも小型の扇風機を全開で使用する。梅雨の時など妻は大きなビニール袋に生乾きの衣服を入れて、近くのコインランドリーまで車で走るが、そんな時は決まって混雑していて使えず、不機嫌な顔をして帰ってくる。



 しかし雨の日でも、窓を全部開け、風通しを良くすると、案外乾くものである。
 洗濯から乾燥までの全自動洗濯機があるが、やはり晴れた日は太陽に干して明るい気分になりたい。


 小春日和の頃は布団や掻巻(かいまき)を干したい。太陽でほっくり暖まった布団は幸せの象徴のような気がする。物干し台に布団がずらりと並んだ風景を見て、欧米人は眉をひそめるが、彼らに日本の丹前(どてら)や掻巻の良さをいくら説明してもわかるまい。日本の冬は掛け布団の下にある掻巻が実力を発揮するのだ。

 高校生の頃に海岸でボーッとしていたら、近くで初老のおやじが小さな七輪を使って魚を焼いていた。そばに置かれた自転車の周りには洗濯物がたくさん干してあった。
「どこからいらっしゃいましたか?」と話しかけると「放浪中」とプイと横を向いて言った。
 その時、放浪という言葉がこれほど説得力を持った人間はいないと感心した。この人は、明日も自転車で諸国をさまよい、走るのだ。
 洗濯することは、心にたまった汚れも洗い流すことだ。





【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。絵を描いた最新刊の絵本、月刊『たくさんのふしぎ』9月号「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)が好評発売中。
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