中澤日菜子【んまんま日記】#24 可能性

アルと思えばきっとあるし、ナイと思えばなくなってもおかしくないのが「可能性」かもしれません。この連載では、母、妻、元編集者、劇作家という顔を持つ小説家であり、可能性を信じて歩み続けている中澤日菜子さんが、「んまんま」な日常を綴ります。中澤さんの最新刊『お願いおむらいす』も、もう読みましたか?

 わたしが就職活動をしていた九〇年代頭は、世に言うバブルの真っただなかであった。
 今ではちょっと信じられないが、段ボール箱一杯の就職案内が毎日のように届き、面接に行くだけで交通費がもらえることもあった。四月、五月に内定(それも大手企業)が出るのはあたりまえ、数社受かって「どこに行こうか」と迷う友だちもたくさんいた。
 それだけに企業側の内定者拘束も厳しくて、就職活動解禁日には、他社へ流れないよう旅行に連れ出されたりもした。こうなると「厳しい」を通り越して「オイシイ」拘束である。
 かように熱い就職戦線だったためだろうか、都市伝説に近いうわさがまことしやかに流れたりもした。
 そのひとつ。
「内定を辞退しに行ったら、コーヒーをぶっかけられた」
 じつはわたしも一社、内定辞退をしたことがある。どうしても出版社に入りたくて、悩んだすえ、お断りに伺ったのだ。「コーヒー云々」のうわさを聞いていたので、人事担当者と会うときはほんとうにどきどきした。コーヒーではなくとも、相当な悪口雑言を浴びせられる覚悟を決めていた。
 だが案に相違して、辞退の意向はすんなり通り、さわやかに見送ってもらえることとなる。
 よくよく考えれば当たり前のことで、いかに失礼極まる辞退者であっても、消費者でありお客さまであることに変わりはない。客を敵に回すほど、企業は阿呆ではないのである。
 もうひとつの都市伝説はこのようなものだ。
「面接には上下真っ白のスーツで臨め。決めぜりふは『御社の色に染まります』だ」
 ……これ、ほんとうにやったやつ、いるのだろうか? 少なくともわたしが数十社受けたなかでは、ひとりも見当たらなかった。
 前置きが長くなってしまいました。
 今回のエッセイ、テーマは「可能性」。なんの可能性かというと「じゃがいも人参玉ねぎトリオによる、なんにでもなれちゃう可能性」です。
 肌寒い日、今夜はシチューでも作ろうかなと思う。冷蔵庫にたいてい転がっている、じゃがいも人参玉ねぎを取り出して、適当な大きさに切り、フライパンで、あるいはお鍋で炒め始める。そこに帰ってくる子どもたち。
「今夜はなに?」
「ホワイトシチューだよ」
「えーやだ。カレーがいい」
 これがレバニラ炒めだったら変更不能だろう。寄せ鍋でももう後戻りはできまい。
 だが「じゃがいも人参玉ねぎトリオ」ならば、方針転換が可能なのだ。まさに上下真っ白のスーツ状態、どんな色にも染まることのできる可能性を秘めている。
 カレーだけではない。肉じゃがにだってなれるし、豚汁にもなれる。ちと油っぽいが、なんならポトフにだって化けられるのだ。
 素晴らしきかな、「じゃ人玉トリオ(長いので略してみました)」!
 主婦の味方だ、「じゃ人玉トリオ」!
 今宵も日本のあちこちの台所で、どんな色にも対応すべく、彼らは張り切って炒まっているはずである。たぶん。



【今日のんまんま】
鶏ベースのあっさりお出汁に、濃いめの醤油がばつぐんの相性。んまっ。
(麺屋 翔)


【んまんま日記】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:中澤日菜子(なかざわ ひなこ)/1969年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒。日本劇作家協会会員。1988年に不等辺さんかく劇団を旗揚げ。劇作家として活動する。2013年に『お父さんと伊藤さん』で「第八回小説現代長編新人賞」を受賞。小説家としても活動を始める。おもな著書に『お父さんと伊藤さん』『おまめごとの島』『星球』(講談社)、『PTAグランパ!』(角川書店)、『ニュータウンクロニクル』(光文社)、『Team383』(新潮社)、『アイランド・ホッパー 2泊3日旅ごはん島じかん』(集英社文庫)がある。最新刊『お願いおむらいす』(小学館)が好評発売中。
Twitter:@xrbeoLU2VVt2wWE

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