新井由木子【まだたべ】vol.058 恋の交差点の巻

交差点にはドラマがある。いや、ドラマは交差点で始まり交差点で終わる? “まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 ある朝、ひとりsoso cafe(まだたべvol.010参照)でおむすびを作っていた時のこと。戸外で小さな声がしました。それは猫がすれ違いざまに噛み合うような、2つの声が混じり合った短い小さな叫び声のようなものでした。
 顔を上げるとsoso cafeの窓から見える朝まだき交差点に佇む、大学生らしい男の子と女の子、若いふたりの影がありました。信号が青に変わると、歩き始めたのは男の子だけで、その姿はsoso cafeの窓からフェードアウトしていきます。そして女の子は、横断歩道を渡りきる彼を、ただ見送っていました。
 出汁の火加減を見るために一瞬視線をそらすと、もう女の子の姿はそこにありませんでしたが、彼を追っては行かなかったような気配がありました。別れの風景。どこかの部屋で、ふたりは夜通し別れの準備をしていたのかもしれません。そして、この交差点で、ふたりは別々の道を歩み始めたのではないでしょうか。
 女の子が泣いたとしても、男の子が意地で振り返らなかったとしても、それは青春の1ページ。楽しい恋の始まりと違って、別れはつらいかもしれないけれど、それも人生の味わいなんだよ。酸いも甘いも噛み分けた51歳のわたしはひとり、炊き上がるご飯の蒸気に包まれながら、ふたりともがんばれよ、と微笑むのでした。

※【まだたべ】は、【思いつき書店】として世界文化社公式noteに移転しました。
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文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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