沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第45回『小春日和は柿日和』

急に寒くなったり、かと思えば妙に暖かかったり。その日のファッションにも迷いが生じる今日この頃。イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。この連載『食べたり、書いたり、恋したり。』をまとめた電子書籍版が、Amazonほか主要電子書店にて絶賛発売中。沢野さんのイラストが満載の、季節を感じる一冊です。

 小春日和は柿日和。柿を手にしつつ秋の高い空を見つめていると、過ぎ去った夏の物語はすでに遠い忘却の彼方である。
 だが、そんな甘い感傷に浸っている暇はない。すぐに木枯らしが吹き荒れ、冬将軍が到来する。風邪をひかないうちに暖かい服を取り出そう。
 最近の日本は四季がなくなり、長い夏が終わるといきなり冬に突入する。タンスの中をいつ片づけようかとまごまごしているうちに、一瞬の秋を通過して真冬になる。タンスにはまだ夏の半ソデや下着が詰めこまれ、薄手の靴下もイモ虫のごとくかたまり、そのまま冬へとなだれ込む横着者の私になってしまった。



 しかしどうしていつも洋服ダンスの中は、衣服がおしくらまんじゅう状態なのだろう。
 何年も着ていない背広や、まだ穿いてもいないズボンが三本も……人間の欲望を見透かしているように衣服が増えている。そしてそれ以外にもマフラーが、帽子が、カバンが、エコバッグが、トートバッグが、と永遠に攻めてくる。
 もうこの際だから、色あせたワイシャツ、ゴムの伸びた下着、ゆるゆるの靴下等を処分することにした。さらに十年間世話になったパジャマ、膝が抜けたジャージ、ついでに枕カバー、洗いすぎて薄くなったバスタオル、シーツなどの布・生地関係と、小春日和に二時間かけて闘うと、部屋の中に廃品回収に向かう衣服類が山のようにできた。



 これを機に妻にもタンス開放作戦を促したが、「二人でやるとケンカになるので、どうぞお一人でご自由に」となった。
 カシミヤのマフラー、カシミヤのセーター、カシミヤのコートとカシミヤのものは、もったいなくてこれまで捨てることができなかった。二度と巻かない真っ赤なマフラーもカシミヤ故に処分が遅れていた。
 捨てる決断の前に、妻に「あげる」と言うと「あっ、その赤、品がないのよね」と自分も思っていたことを鋭く突かれた。高価なマフラーだったが、大きなビニールの処分袋に力なく押し込んだ。



 小春日和は掃除や片づけにぴったりの日なのだが、処分の山を見ても気持ちはすっきりしなかった。二度と履かない靴と思いながらも、現実に捨てるとなるとやはり悲しい。ゴミ袋に入れる時、「私を見捨てるのね」とちいさな声が聞こえた気がした。「サイズが合わなかったからごめん」泣く泣く目をつぶって捨てた。



 もう一度、若い頃のように服を買った時の喜びや高揚感を味わうためには、タンスもアップデートするしかない。
 柿を食べながら、懲りもせず新たなカシミヤのセーターの色を考えていた。あざやかで真っ赤なカシミヤのセーターがチラリと浮かんでは消えていく。
 そして二十歳の頃に、山小屋のストーブの上で温めて食べた干し柿の素朴な甘さを、不意に思い出していた。



【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。絵を描いた最新刊の絵本、月刊『たくさんのふしぎ』9月号「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)が好評発売中。
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