沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第46回『哀愁の一人旅』

気軽にふらりと出かける一人旅。さてその内実は……? イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。この連載『食べたり、書いたり、恋したり。』をまとめた電子書籍版が、Amazonほか主要電子書店にて絶賛発売中。イラスト満載、沢野節が炸裂の一冊です。

「旅」と「旅行」は同じようなニュアンスだが、微妙に異なる気がする。一人旅という言葉はあるが、一人旅行とは言わない。
 海外旅行、新婚旅行、修学旅行、温泉旅行、取材旅行、家族旅行、研修旅行、不倫旅行、宇宙旅行と、旅行と名が付くものは、複数で動き回り、楽しく華やいだ雰囲気がある。



 旅となると、虚無僧のごとく尺八を吹いて諸国を歩き、自分を見つめる孤独感が漂う。思いつくままに名を挙げると、柿本人麻呂、松尾芭蕉、竹久夢二、金子光晴、最近ではつげ義春などの一人旅に共感を持つ人も多い。旅の自由さ、孤独感にあこがれを抱き、本を開き、グラスを手に酔いしれるのだ。
 そんな本を枕元には置いておくが、では実際に一人で何日も、泊まる宿も決めずに歩き回れるかというと、そこは夢物語に終わるものだ。
 私も一人旅によく出るが、弱虫だからだいたい二~三日で帰る。何日もの放浪の旅に出ることはまずない。
 テントを背に山歩きには出かけるが、人のいる村や町の近くへの旅は、一人だと逆に孤独感に耐えられない。


 この数年の私の一人旅は、甲府からの身延線、小淵沢からの小海線が定番コースである。山の風景を見ていれば気持ちがおだやかになる人にはおすすめの旅である。この路線には「旅情」というものが凝縮されている。列車の窓から山を見ているだけで旅の思いがしみじみ感じられる。季節は晩秋から冬にかけてが理想で、日帰りがおすすめである。肩にかけたバッグも軽く、気軽に旅愁を味わえ、なかなかオツなものである。


 それからよく旅行雑誌に「ぶらりと思いつくままに下車」などと書いてある記事があるが、これをうかつに信じると、駅のまわりはまったくなにもなく、途方に暮れることになる。
 一人旅はそれなりに調べて慎重になったほうが身のためである。特に最近は無人駅が多くなってきた。山登りに行くなら別だが、駅のまわりには店も人影もなく、そこで放心状態となり落ち込み、しかも次の列車が二時間も来ないとなると、冬などコンクリートの駅舎で凍死してしまう。ネットなどで「秘境駅」としてもてはやされている駅もあるが、たいした覚悟もなしにうっかり下車したら、そこは奈落の底である。
 一人旅は、大胆より、緻密で繊細な、ちまちまとした旅のほうがトラブルは少ない。


【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん/作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)、『中国銀河鉄道の旅』(本の雑誌社)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。絵を描いた最新刊の絵本、月刊『たくさんのふしぎ』9月号「一郎君の写真 日章旗の持ち主をさがして」(木原育子/文・福音館書店)が好評発売中。
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