沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第47回『思い出のハワイ島』

メレ カリキマカ! イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴るこの連載、今回は、おいしいコーヒーの産地としても知られる南の島での思い出です。この連載『食べたり、書いたり、恋したり。』をまとめた電子書籍版が、Amazonほか主要電子書店にて絶賛発売中。大切なかたへのクリスマスプレゼントにもぜひどうぞ。
木枯らしが吹く頃になると、ハワイ島で過ごした日々を懐かしく思い出す。時に胸がしめつけられる。
五十代になってはじめてハワイに行ってみたが、想像していたより観光ずれしておらず、素朴で人々が優しかった。
私が滞在したのはハワイ諸島の中でも一番大きなハワイ島(通称ビッグアイランド)で、広さは日本の四国の半分ほどの面積である。常夏のハワイというが、夏でもまれに雪が降る最高峰のマウナ・ケア山(4205m)があり、頂上には巨大な天文台がある。
ハワイ島のカイルア・コナは観光客でたえず賑わっている。海岸から少し高台に登ったところに知人の別荘があり、何とも優雅な生活をしていた。
レンタカーを借りて、毎日のようにあちらこちらの海岸を探索していた。泳ぐというより、海岸沿いの木陰で一緒に来た仲間たちとボンヤリと海を見つめていた。温暖な気候や波が、人の悩みや苛立ちをいつの間にか消してくれる。じりじりと太陽が照りつけても、木の下に入ると、実にさわやかな風が流れ、正にこの世の天国といった雰囲気である。
知人は「そんなに気に入ったのなら、いつでも使っていいよ」ということになり、私は別荘の管理人のごとく、それから十回程、ハワイ島を訪れた。大学に入ったばかりの娘を誘い、長い時は二週間も滞在して、車で島めぐりをしたこともある。元々肌が弱い娘だが、ハワイ島の温暖な気候が気に入ったのか、私がハワイに行く準備をしていると、気配をすばやく察知して付いてくるのが常であった。
たびたび訪れるうちに、しだいに海岸よりは山のほうに興味が移ってきた。山の中腹にコーヒー栽培地があり、昔はここに多くの日本人が移住して、苛酷な労働に従事してきた。
二世、三世の人たちと知り合いになり、祭りの時など日系人の集まる公民館に遊びに行ったりしていた。
ある時、日系の福岡県人会の集まりに顔を出すと、私が十九歳の時に亡くなった母親とそっくりな顔立ちの婦人に出会った。母も福岡の生まれなので、その特徴が似ていたのかも知れない。日本語と英語をまじえた話し方が、在りし日の母の声とかさなり、私は思わず涙がこぼれそうになった。盆踊りのレコードにあわせて踊る、年老いた婦人を見つめながら、母がもし元気に生きていたら、その人と同じくらいの年齢なのだろうと思った。
日本では真冬の二月に、またしても娘と一緒にハワイ島へ行った時に、地図をたよりに地元の人しか知らない小さな海岸に車で出かけた。二本のヤシの木に太いロープを結んだ手作りのブランコで、地元の幼い子どもたちが大声をあげて、はしゃいで遊んでいた。その時、三台の車で乗りつけた若いアメリカ人男女のグループが、いきなり地元の男性と小競り合いを始めた。どうも地元の人が、「観光客はこの海岸に来るな」と怒鳴っているのだ。自分たちが大切にしてきた小さな遊び場まで荒らされたくないのだ。
白人のアメリカ人がそれは不当な抗議だと言うと、地元の男性は地面に落ちていた木を振り回しだした。
アメリカ人たちは舌打ちして車で去っていった。私も娘の背中を押して、そっとその場を去った。それまでこうした地元の人だけの海岸や、隣接した小さな店があることを知らなかった。
どんな町や村や海岸にも、よそものや遊び半分の連中には踏み込まれたくない場所があるものだ。
ハワイ島を旅してそのことを教えられた。
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