新井由木子【まだたべ】vol.068 インフルエンザはつらいよの巻

身体や心が辛いときは、人のさりげないやさしさや思いやりが身に染みて、ありがたいものですね。“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がないイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 その朝起きると、絵に描いたような風邪っぴき(重症)になってしまっていました。
「新井さんが風邪なんて、めずらしいじゃん」
 マスクをしたわたしの姿に、カフェ・コンバーション店主(以下コンバーション)が目を丸くします。
 しかしどんなに具合が悪くとも、寝込む訳にはいきません。全てのスケジュールは、完全な健康状態でこなしていくことしか想定しておらずギッシリと詰まっており、締め切りは容赦無く、続々とやってくるのです。

 病を押してわざわざ店に来たのは、いつものとおりペレカスブックの店番をしながら、絵を描いたり原稿を書いたり、町内会の議事録を作ったりして過ごせば、気合いで風邪も吹き飛ぶのではないかと思ったからです。
 しかしそうはなりませんでした。鼻水は垂れるし寒気はするし、具合の悪さはどんどん増してくるのです。
 このままでは、カフェを楽しみにして来てくださるお客さんに申し訳ありません。仕方なくペレカスブックをカフェスタッフに見てもらうことにして、家に帰って仕事をすることにしました。ペレカスブックを立ち上げてから3年間、風邪でお休みするのは初めてのことです。
 その日の締め切りは、町内のとあるプロジェクトのための企画書作りで、けっこうなボリュームのある作業でした。寝たり起きたりしながらどうにか仕上げ、夜中になってから町内のプロジェクトリーダーのお家のポストに入れ、無事に締め切りを乗り切りました。

 翌日目覚めると、だいぶ体調も回復したように感じましたが、万が一インフルエンザだったりしたら営業に差し支えます。一応大丈夫という証明をするつもりで医院へ行くと
「出ちゃってますよ、A型が」
 お医者さんがアウトを宣告しました。

 その後はまるでインフルエンザを認識したことによりウィルスが具現化し、全力で暴れ出したかのように高熱が出ました。ちゃんとインフルエンザウィルスを殺す薬は飲んだのに、です。
 布団にくるまり、寒気と身体中の痛みにひたすらうなされ続けます。誰もいない家で(猫はいるけれど)うなされても、誰かが心配してくれるわけではありません。一抹の虚しさがありますが、あまりの苦しさにどうすることもできず、熱に浮かされていたのでした。

 そして、その日もしっかり締め切りがありました。こちらは本業の、雑誌の見開きページのイラストです。布団の上に起き上がっては少し描き、だるくなったら横になってうなされ、自分の熱で曇る老眼鏡を繰り返し拭きながら描き続けていた、その時です。玄関の外から
「おーいてーくよーー!(置いていくよ)」
 と、大きな声がしました。フラフラしながら出てみると、無人の玄関先に、鍋にいっぱいの卵おじやと、皮を剥いた大量のリンゴと、ふかしたサツマイモが置いてありました。インフルエンザの連絡を聞いたコンバーションが置いていったものなのでした。

 このおじやは、わたしの命を救ったと言っても過言ではありません。本当の優しさと人情味。以来コンバーションを、わたしは心の中で『笠地蔵』と呼んでいます。




(了)

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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