沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第1回『ジャガイモ』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 五年前の二月中旬に中国雲南省の麗江(リージャン)に行った。チベットやインドの交易ルートで古くから栄えた町である。城壁のない土地なので、どこを歩いても開放的な印象を受け、町のいたるところを走っている水路と掃除の行き届いた石畳が美しい。

 家屋の多くは古い日本家屋のように、黒い瓦葺(かわらぶき)屋根に木造の二階建てでできている。十二世紀頃から育まれた東巴(トンパ)文字は現代に生きる唯一の象形文字である。グラフィックな文字を扱うデザイナーの人の憧れの古都。そして水路が豊富、道路と住居のバランスの良さ、ナシ族建築様式と、他の中国の町では見られないしっとりと落ち着いた風格を表している。
 隣の国はベトナムと南の方に位置するために、冬でも温暖な気候である。そのため屋台に並ぶ果物類には目を見張る。

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 麗江は三日もあれば大体満足できるので、観光客がまだ多くない濾沽(ルグ)湖にバスで一日走り向かった。山を丘を川を、悪路を越え北へ200kmほど走る。湖は四川省とまたがる。湖の標高は2690mと高く、その分湖水の透明度が12mと半端なく透き通っている。

 濾沽湖で暮らす「モソ人」の風習に、日本の平安時代の貴族のような通い婚が生きている。愛情が芽生えれば、夜になると男は女の部屋に行き、愛が終わると、男は自分の家に帰る。逆に女は嫌いになると戸を閉めて拒否権を発動する。この自由な婚姻風習がはしだいに薄れようとしているが、現在も残っているのもこの地のみである。

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 泊まったホテルは無愛想なホテルで、快適な空調などない。夜はふるえるほど寒く、着ぐるみ状態でベッドにもぐり込んでいた。朝食は隣の木造の食堂で、妙に全体に質素なのだ。すべてが蒸かしたものしか並んでいなかった。不信感で気持ちはささくれていた。

 まずは中国の蒸しパン・マントーを口にした。ふあーと口に広がる香ばしい小麦の味にいたく感激した。食べ慣れた薄い味とは違い、腰がある。そして茹でタマゴ。ジャガイモ、白菜、さらにレンコンと、味付けは塩と練りトウガラシだけなのだが、何も料理されていないのに「野菜がごちそう」と深くうなずく。
 これこそ無農薬。添加物が一切入っていない。土の味、自然の味と、大袈裟だが「好吃(おいしい)」と叫び声をあげてしまった。アスパラ、セロリと手が止まらない。

 飲みものは白湯だけだった。ここ六年ほど中国各地を旅してきたが、こんなに身に染みた食べものははじめてであった。自然は強い、体に負担がかからないと実感した。


【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。