沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第7回『納豆に恋して』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 小学校三年生の時の運動会が忘れられない。50メートル競走の賞品に納豆がでた。一等はノートに鉛筆、二等はワラで包まれた納豆が一つ。三等はリンゴが一つであった。

 そのとき私は二等で納豆であった。それまで経木の納豆しか知らなかったので、その濃厚な匂いがするワラ納豆に興奮した。先生からは「賞品はかならず家の者に見せること」と言われていた。

 学校からの帰り道、お寺の角を曲ると静まりかえり誰もいなかった。迷うことなくワラ納豆を開けて口にした。物心ついた時から、納豆を思う存分食べてみたいと願っていた。犬がエサに食らいつくかのごとく、無我夢中で飲み込むように食べた。しかし納豆はやはり白い御飯の上にかけて食べるほうが美味しいと、そのときに気が付いた。

 無残になったワラを手にハッと思ったのは、私の賞品を六年生の兄に知られていた事だ。これがバレたらきっと親から怒られる。「犬に取られてしまった」。そんな嘘を考えながら家路を急いだ。

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 納豆はアジア、中国にもある。しかし毎朝のごとく御飯にのせて食べている国は日本だけである。私は小学生の頃から週に二回は納豆を口にしてきた。納豆が丈夫な体を作ってきた。お腹の調子が悪いときも納豆を食べるとすぐさま回復する。海外旅行のときも持って行く。

 納豆は御飯にのせて食べるものだと私は頑なに信じていたら、最近の納豆状況は、手巻き寿司、納豆汁、納豆チャーハン、納豆オムレツと際限なく拡大しているようだ。私の妻もいつの間にかトーストにセロリをのせ納豆を挟んで食べている。「止めなさい」といってももはや停止できないところまできている。

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 山仲間とテントを張り夕食と酒盛りをしているときに、不意に納豆談義がはじまった。「納豆はどこのメーカーもたいして変わらないね」と私が何気なく言うと、普段無口な男が「なにおー! 納豆はおかめの小粒だ」と大声をあげた。その剣幕にテントは震えた。

 私はその男の影響か、その後は「おかめ納豆小粒」が定番になってしまった。



【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。