沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第8回『哀愁のいなり寿司と椎名誠』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 あれはもうすでに半世紀も前の、遠くて近い過去になってしまった。千葉の稲毛駅で椎名誠と待ち合わせた。その頃、椎名は編集する同人雑誌作りに夢中であった。私は役に立つことはなにもせず、隣で邪魔をするだけの男であった。

 稲毛には高校の時の一年先輩の家があった。我々が通った名門市立千葉高校の通学路にその人の家があり、同人雑誌の資金援助をお願いしに行った。
 高校時代に稲毛駅の隣の駄菓子屋で、大福やいなり寿司を時折買っていた。少し甘口のしっとりとしたいなり寿司を口にすると、途端に幸福になっていた。それを思い出し、私はいなり寿司を六個購入した。

*   *   *

 先輩の家に上がると、すでに卓袱台の上に一升瓶の日本酒、大和煮の缶詰、缶入りのピースが置かれていた。
 まずは酒で乾杯をして、久しぶりに会った三人は肩をたたきあった。美術クラブにいた先輩は、絵画、音楽、山登りに造詣が深く、絵は一枚も描かなかったが、評論が得意で相手をよく煙に巻いていた。

「椎名くんは一升くらい飲めるよね」
「ええまあ」

 椎名はつがれるままにぐいぐい飲み、たわいもない話に三人で大笑いの連続であった。そのうちに椎名の体が前後左右にゆっくり動き出し、やがて目を閉じたままぴたりと動かなくなってしまった。しかし手はいなり寿司にのばしたままであった。いくらか青白くなった椎名の顔を見て、夕方、宴会はお開きになった。帰り道、椎名はめずらしく酩酊して、まともに歩けなかった。私は彼の腕をささえ、二人でよろけるように駅に向かった。

 どこからともなく当時流行していた井上ひろしの『雨に咲く花』のメロディーが流れてきた。椎名は酔った口調で「およばぬことと、あきらめました」と歌に重ねるように歌い出した。その頃、彼は美智子という高校の同級だった女性と恋愛をしていた。もしかしたらあの酒の飲み方は恋が破綻して、やけくそになっていたのかも知れない。

 ホームの上には海からの風が強く吹いていた。私が「平気かあ、帰れるか」と言うと、両手をコートのポケットに入れたまま頭でこくりと何度も頷いた。あの口にしなかったいなり寿司が気になってしかたがなかった。



【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。