沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第10回『幸せの弁当人生』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 高校時代から弁当は自分で作っていた。塩ジャケ、タマゴ焼き、タラコが黄金の三点セットで、入れれば大満足であった。ピリ辛のキンピラゴボウも、よく入れていた。アルミの弁当箱を新聞紙で包み、千葉市の学校に通っていた。時にはズル休みをして、海岸でぼんやり水平線を見つめ、弁当を食べていた。さらに山でも食べていた。


 外で食べる弁当はしみじみとおいしい。弁当の中には生きる力と遊び心が混在している。そして結婚して会社勤めを始めてからも、毎日ではないが自分で弁当を詰めていた。
 ただし弁当に頭を使うと長続きをしない。そして気が付くと、おのずと汁物と生臭いものは避けるようになる。冷めても食が進むものを選ぶ。
 弁当に裏技はない。堂々と胸を張って行進するように、まずは「日の丸弁当」「のり弁」から入場しようではないか。

 定年退職後やシニア世代の人は、弁当から料理をスタートさせても良い。
 味付け、材料の取り合わせと、食の基本は弁当にある。老後はいつか一人で生きなければならない。料理が出来ない人は連れ合いが亡くなると外食やコンビニ弁当に走り、「ああこんな人生ではなかった」と落胆、後悔する。

 書店に行くと弁当特集の料理本が並ぶ。開いて見ると、お花畑のように色とりどりの弁当に目が眩む。とりあえず手を伸ばし、一冊購入しよう。男性としては一瞬きまりが悪く、他人に見られてはと焦るが、照れる年齢はとうに過ぎている。
 材料、作り方も懇切丁寧に写真で説明しているので納得できる。お花畑弁当は思っていた以上に簡単である。そのうちに味にも変化を付けたくなり、しだいに身に付いてくるものだ。
 いつまでも「お袋の弁当が最高だった」と幼児みたいな事を言っている輩は、親しかった友達もいつの間にか遠くはなれて行く。

 ともかく市販やコンビニ弁当をやめて自分で作ろう。弁当を詰める時は、濃い味のものを先に詰め、薄味は脇側にとか、無意識のうちに自分なりの工夫をするようになる。弁当箱が小宇宙のように感じ、料理の旅に出る。味付けの手直しをしながら、おのれの弁当人生を進むと、いつの間にか幸せが訪れてくる。弁当を持って外に出よう。







【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。