沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第13回『真夏の大掃除』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。


 我が家の大掃除は、お盆の頃に実行している。小掃除は年末に。八月の暑い日の大掃除には力が入る。早朝から汗だくになり、お風呂の湯垢と自分の体も洗って最終ラインを迎え、秋への新鮮なスタートを切る。

 大掃除の鉄則は他人に頼らないことだ。自分の秘めた体力と能力のみで全力投球をする。寒い真冬に行う年末の大掃除は体がほぐれず、作業も中途半端になりやすい。

 掃除の基本は、まずは周りの人に嫌な感じを与えない、物音を立てないなど、最低限のルールを守ることである。早朝から掃除機やハタキをこれ見よがしに振り回すのは、近所迷惑以外の何ものでもない。

 使い古したタオルを雑巾用に何枚か用意して、まずは自分の机の引き出しの中から、要らないものを、私情を殺し捨てていく。次に無表情のまま、あの悪魔の収納ボックスに手をつける。冬の帽子、のび切った靴下、カバン、何年も使用しなかったザック類が、まだあるはずだ。

 朝は静かな沈黙の時間が流れている。淡々と冷静にゴミ袋の仕分けをする。それが終わった頃に、妻や子ども達が起きてきて、朝食となる。白湯を飲み、次にいよいよ台所のレンジ回りや換気扇にこびりついた油と闘う。この時はゴム手袋をはめて専用の洗剤を使う。すでに薄らと汚れたクーラー、扇風機と点検していく。

 大掃除は隠していた過去をすべて日にさらすようなものだ。「保管」より「処分」に発想の転換をする。
 家の納戸や押し入れには限界がある。捨てられないという根深い考えは、夏の大掃除の時は案外明るく忘れられる。
 冬は夕暮れも早い。どうしても内向的になりやすく、心はしまいこむ方向に進んでしまう。

 お盆の頃はどこの行楽地も混雑している。高速道路も大渋滞を起こしている。そんなテレビを見つめながら紅茶を飲む。
 あなたの家はすっきりとかたづき、秋から冬に向かって快適に生活できる環境になっている。




【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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