沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第14回『スイカと迎え馬』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 通っていた千葉市内の高校は麦畑の広がる丘の上にあった。満員の通学バスは、田舎で育ったカボチャやジャガイモのような連中が詰め込まれ、押しくらまんじゅうであった。
 美術クラブが私の安らぎの場所であった。凛とした一年先輩の女子生徒がいつも油絵を描いていた。芸術に対して話題が豊富で、話すたびに魅かれていった。





 夏休みに入ったある日、彼女から手紙が届いていた。封筒を開けると「お盆の頃に暇だったら家に遊びに来ませんか」と地図も描かれていた。私は喜び勇んでスイカを手土産に彼女の家を訪ねた。

 ピアノのある応接室には、彼女の描いた風景画が二枚ほど飾られていた。
「冷たいお紅茶をどうぞ」と浴衣姿の母親に少したじろぐものがあった。母親と彼女は体つきも顔もひどく似ていた。
 彼女はピアノの前に座ると、悠然と「好きな曲がありますか?」と振り返った。あわてて「おまかせします」と言い、氷の入った紅茶のグラスをじっと見つめていた。
「いつも練習しているモーツァルトの曲」と言い、『トルコ行進曲』を弾いてくれた。
「絵と音楽には共通するものがありますね」
「……」
「それは美です。美は分かりづらいからいいのです」
「ハイ、あの……」
「あの……?」





 夕方、家の門の前で、母親も一緒に迎え火をした。
「父が一年前の夏に亡くなりました」
彼女はそう言うと、盆にはキュウリの馬は走って家に帰ってくるように、そしてナスの牛は浄土へゆっくり帰っていくようにと、うっすら涙を浮かべて、しゃがみこんだ。
 私はお盆の迎え火についてなにも知らない少年であった。


 赤トンボが舞う頃に長い夏休みは幕を閉じた。
 私の家は海岸に近く、一日中海で泳いだり、手造りの木のボートで沖に出たりしていた。そして夏休みの思い出として彼女へ迎え馬を描いた手紙を送った。





【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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