沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第15回『夏は野菜で元気に』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 今年の夏は災害に猛暑と、日本中が翻弄された。あまりの暑さに外出しても何度か倒れそうになった。さらに、ここしばらく断酒が成功していたのに、頭も体もとろけ、夕食の時はいつもビールやハイボールに手を伸ばしていた。
 だがこの夏を乗り切れたのは野菜のおかげである。中国で食べた定番の家庭料理を毎日のごとく作った。


「地三鮮」
ジャガイモ、茄子、ピーマンの炒めもの。いたって簡単料理。炒める前に軽く素揚げするのがコツで、そうすれば煮崩れない。葱に生姜のみじん切り、鶏ガラスープの素、水溶き片栗粉、酒をたらし、仕上げる。油を吸った茄子で食が進む。
 中国人は写真を撮る時に「茄子(チェーズ)」という。日本人がチーズなら向こうは茄子である。私が初めて覚えた単語は茄子であった。



「西紅柿炒鶏蛋」
トマトと卵の炒めもの。酸っぱいトマトにゆるゆる卵がおいしい。トマトから水分をいくらか飛ばした後に、溶き卵を入れる。そして炒めた後に葱をまぶす。夏は唐辛子に山椒を入れてピリ辛にする。ご飯の上に山盛りにして、崩すように箸を進める。





「芹菜炒藕絲」
細切りにしたセロリとレンコンの炒めもの。仕上げにレモンを絞ってかける。コツはともかく細切りにして素材のシャキシャキ感を残す。夏の食欲がない時に登場してほしい一品である。





「生菜」
レタスは中国語で「生菜」。少しピリ辛スープの鍋に薄切りの豚肉のしゃぶしゃぶ。手でちぎったレタスをさっと湯通しし、へなへなしたら、すぐに食べる。遠慮しないで一人一個はいこう。





 野菜はサラダにすると、それほどたくさんは食べられないが、炒めたり鍋に入れると、際限なく食べられる。
 我が家では肉や魚から料理を考えるのが妻で、私は野菜から献立を練る。そしてキャベツ一つにしても、妻はドレッシングをかけた千切りのサラダを作りがちだが、口うるさい主人はまずフライパンを手にし、薄切りキュウリと一緒に炒める。なにも考えず、なんでも炒める料理人である。

 中国に何度か行って感心したのは、実に野菜料理が豊富なのだ。ホテルの料理で油がギトギトした皿が続くとうんざりするが、あれは実は炒める時に使用したスープが多いだけで、油の量そのものは案外少ない。中華料理イコール油は大いなる誤解である。そう妻に言うが聞く耳を持たない。火と油の家庭から育った娘と息子は、やはり両極端な思考と料理を受け継いでいる。




【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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