新井由木子【まだたべ】vol.002 杏のパフェの巻

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 これからはパフェで行く! とカフェ コンバーション店主(以下「コンバーション」と略す)がでっかい声で言いました。

 ペレカスブックの入っているカフェ コンバーションは、大きな『ほっとけーき』と濃いコーヒーにファンが多くて13年間やってきたお店です。でも近所に新しく洋食屋さんとコーヒー屋さんができたので、洋食屋さんでご飯を食べた人がコーヒー屋さんでコーヒーを飲んで、散歩がてらペレカスブックとエダハ(コンバーションとペレカスの2階に新しくできた作家もののセレクトショップ)を見にきたら、一休みする時に食べたいのはパフェだ!という計算をしたらしいのです。

 出来上がったのは生杏のパフェ。てっぺんには生クリームの上に生の杏がドカン!と1個盛られていて、黒糖のアイスの下に式根島で採れたレモングラスのゼリー、その下には杏のコンポートが丸ごと1個入っています。

 試作品にうわーっとスタッフが群がって、わたしもパフェスプーンで4匙ほど食べましたが、生杏と冷たい黒糖アイスの組み合わせは甘さと爽やかさが絶妙で、ゼリーもブリブリと存在感があり、コンポートもしっかり煮詰められていて、とんでもなく美味しかったのです。




 ところで先にお伝えしておきたいのですが、生の杏が食べられるのは1年のうちで一瞬だけという貴重品。このパフェは15個限定のものであるということです。

 試作品が空になったところで、コンバーションがモジモジというかニヤニヤしながら「新井さん今忙しい?」と聞いてきました。「忙しいよ」と答えたのを聞こえなかったフリをして「パフェのメニューを作って欲しいの」と重ねて言ってきます。

 それはとっても面倒臭い。

 写真をメールで受け取って色調を補正して、フォントを選んで文字を配置して調整して、プリンターで出力してカッター台を出して切らねばならない。いちいちこの補正とか調整のところに時間がかかるのに、やったことのない人はそこを想像しないで頼んでくることが多い。だいたい他にやることがいっぱいあるのをどけて、この仕事をするのが面倒臭い。テーブル数は9個なので9枚作るけれど、そもそも15個のパフェのために9枚作ると思うと更に面倒臭い気分が増してくる。

 面倒臭い面倒臭い面倒臭いと言いながら生杏のパフェのプリント作業をしていると、コンバーションが「パフェ食べさせてあげたじゃん!」という恩着せがましい言葉を投げつけてきました。

 食べましたよ、たった4匙ですけどね!

 パフェはこの後、生桃、生無花果と続いていくらしい…。

(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
ブログ「Pelekas Books&Gallery&Bar」https://pelekas.exblog.jp/
Twitter:@pelekasbook

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