新井由木子【まだたべ】vol.005 ヤマモモのシロップの巻

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 カフェ コンバーションの厨房にヤマモモの実が、バケツに山盛りいっぱい届きました。
 コンバーション店主(以下「コンバーション」と略す)が砂糖や酢や、わたしも知らないなにかの材料と一緒にヤマモモを瓶に詰めて数日。シロップになるのを待っている間、付近を通るとヤマモモのよい匂いがしました。
 汁がだんだん赤くなって、ヤマモモが小さくなってプカプカ浮いてくると、お店のメニューにヤマモモのソーダが登場しました。ほんの少しだけ紫がかった透明のピンクのソーダ。味見したいと言うとスタッフのメグミさんがササッと小さいコップを出してくれました。



 メグミさんは掘り出しもののスタッフとしてコンバーションが陰でほくそ笑んでいる人。仕事が早くて覚えも早くビジュアルも良い。無駄口もなければ動きも機敏。サッサッとクルクルッとシャカシャカッとスピーディーに仕事をこなしていきます。

 コップに適量のヤマモモシロップを入れて氷を入れて炭酸を入れて、メグミさんはマドラーで、シャカシャカシャカシャカシャカシャカッと、これくらいかき混ぜてくれました。機敏なメグミさんらしい混ぜ方。
「そんなにかき混ぜたら炭酸なくなっちゃうよ!」
と、わたしが文句を言うと
「そんなことないよ!」
と、すかさずコンバーションがメグミさんの肩を持つ。

 メグミさんが申し訳なさそうに差し出したヤマモモソーダをわたしが飲むのをジイーッとコンバーションが見ていて
「大丈夫でしょ」
と言うので
「うん」
と言いましたがそれはウソで、ほんとはけっこう炭酸は弱まっていました。

 微炭酸のヤマモモソーダは少しだけ酸っぱくてそして甘くて、どこか丸っこい味がします。甘いなあと思って飲んでるとスウスウと風が吹くように喉が気持ち良くなってきます。故郷の式根島にもヤマモモが実っていると思うと気持ちが遥かに飛んでいく…。

 お客さまに出すソーダはかき混ぜていません。ご自身のお好きなスピードでかき混ぜてお召し上がりください。

(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
ブログ「Pelekas Books&Gallery&Bar」https://pelekas.exblog.jp
Twitter:@pelekasbook

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