沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第17回『優雅な避暑地』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 今年の夏の猛暑は人間の思考を停止させ、若者から高齢者まで体調を整えるのが至難の業であった。私はとあるリゾート地にのんびりと避難していた。
 高原に別荘を持っている知人は現地で極楽トンボを味わっているかと思えば、この夏の破壊的な暑さに、皆初めての地獄を経験した。八ヶ岳の別荘地の売り文句といえば「クーラーは無用」。だが標高1000メートルに満たないような場所は、東京と似たり寄ったりの暑さであった。別荘にクーラーが設置されていない知人は、眠れずに泣きながら都会の自宅に帰ってきた。



 十代の頃から八ヶ岳周辺の山や高原を片っ端から歩いてきたので、別荘については詳しい。バブルの頃に潤った物書きや画家たちが、原村辺りに別荘を次々に建てていった。一時は八ヶ岳文化人グループと揶揄されていた。
 その後の変遷を見ると、転売されたり、廃墟化し、自作のウッドデッキや赤いバイクにツタが何重にもからみついたりしている。
 週末移住を目論んでいたが、仕事も増えてくると、移動や森での暮らしに疲労困憊になる。あれほど憧れていた“薪ストーブの前で冷えた白ワイン”も、やってみると薪拾い・薪割りの難しさを思い知らされる。


 別荘の管理の大変さは想像以上である。定年後は“男の隠れ八ヶ岳で”、と決断してはみたものの、草取りや薪割りに翻弄されて腰を痛め、外出もままならないのが現実だ。行けばなんとかなるとは思っても、薪ストーブは主に広葉樹のナラなどの原木を少なくとも一年以上は乾燥させないと使用できない。枯れ枝を集めてそれに火を点けるのは、キャンプファイヤーの発想だ。さらに零下が続く冬にはどれだけの量の薪を使うのかを考えたこともない。トラックを持っていなければ、大量の重い薪を運ぶことすら困難である。



 都会で育った中年が空気のいい田舎へと移住しても仕事がなく、やがて離婚が待っているだけだ。手作りのパンの店、家具職人、星のカフェ、森の本屋。夢見ることはいいが、夏など農家の人が午前二時に起床し、四時には畑に出て、夜は投光器を照らしてレタスを収穫していることを知らない。
 田舎の生活は肉体の酷使である。人は足元を見つめ、身の丈に合った生活をするしかない。



 私が避暑に向かう場所は、毎年八ヶ岳の隣、金峰山の麓、川上村の廻り目平(まわりめだいら)である。フリークライミングの聖地、日本のヨセミテとも呼ばれ、標高は1500メートルあり、夏は快適そのもの。
 テントのキャンプもいいが、近くに公営の休暇村の施設がいくつかあり、最盛期は申し込みが殺到するが、地道に空くのを待っていると案外予約が取れるものだ。この夏は家族や孫たちを連れて三度通い、合計八泊してきた。一泊二食で5000円前後といたって安い。その上食事も美味しく、部屋も清潔で広く、心から和む。
 これからのリゾートは別荘、ペンション、ホテルは避けて、公共施設の休暇村を大いに活用しよう。それが一番賢明で本当の幸せがやってくる。





【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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