沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第18回『焼きうどんの衝撃』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。

 うどんは熱い汁の中で一生うたた寝をしている食べ物である。キツネうどん、タヌキうどん、月見うどん、テンプラうどんと、だし汁の中で至福の人生を過ごしている。
 しかし油断をしていたのか悠然と構えているうちに、気が付くといつの間にか、うどんは焼かれていた。

 私の焼きうどんとの衝撃的な出合いは十九歳の秋であった。中野のブロードウェイの近くに、昭和の匂いの食堂があった。カレーライスからカツ丼、焼きソバまでと、なんでも早く安い。
 私はその店で、「焼きうどん」なるメニューにはじめて出合った。主人に
「焼きソバは分かりますが、焼きうどんとは?」
と質問すると、
「旨いよ」
と一言だけ返ってきた。店主の娘のような店員もうなずいていた。キャッチボールのようなやり取りを期待していたが、おそらく相手は、料理のことなどよく分かりもしない若造と話したくはなかったのだろう。


 湯気が立ちのぼった焼きうどんが、お皿に盛られて登場した。ニラともやしが山のようにうどんに覆いかぶさっている。箸でくずすと中に隠れるようにブタ肉がいた。しょう油と胡椒のぴり辛味であった。熱い焼きうどんに全ての味が総合的に絡み合い、香ばしい匂いがしていた。スパゲッティの日本版というべき味であった。

「焼きうどんはおじさんの発明ですか」
とコップの水を飲んだ後にたたみかけると
「発明なんて大袈裟な」
とプイと横を向いた。
「でもな、ニラを入れたのは私かも知れんな」
といくらか得意げであった。

 それから一週間ほどしたある日曜日に、私は家で焼きうどんの昼めしを作った。下の妹二人は
「これおいしいよ兄ちゃん」
と言うので
「これはオレが発明したのだ」
「ニラともやしのしゃきしゃき感がなんともいえない」
と妹たちは兄を尊敬のまなざしで見つめていた。

大学の同級生の下宿先でも、私は手作りの焼きうどんを振る舞った。特に酒のつまみにもなるので、そろそろコタツが欲しくなる初冬の頃から作ると、
「やっぱりコレだよな」
と仲間内の評判も上々であった。作るのも簡単で後片付けも早い。
「どこで覚えたのこの料理」
「オレが発明したんだ。ニラがポイント」

 10月14日が「焼きうどんの日」だそうだ。北九州市小倉が焼きうどんの発祥の地らしい。そういえばあの店の主人の出身地を聞いておけば良かったと今更ながら後悔している。




【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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