沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第19回『秋の夜長はウクレレと紅茶』

生きるうえで食べることは不可欠ですが、人生はそれだけではありません。寝たり起きたり、仕事をしたり、人に会ったり、旅に出たり。ときには恋もすれば、辛い別れもあります。一見、食べることとは無縁でも、忘れかけていた人生の一場面が、舌の記憶とともに鮮やかに蘇ることもあるでしょう。この連載では、イラストレーター・沢野ひとしさんが、人生のさまざまな場面で遭遇した“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴ります。


 ウクレレは手軽に演奏できる楽器である。ポルトガルの民族楽器が、ハワイアン音楽に溶け込み定着した。小型でどこにでも気軽に持って行け、みんなと合奏もできる。
 秋の夜に「赤とんぼ」を一人演奏して、しみじみと日本の抒情にひたるのも良い。さらに仲間のギターと「アロハオエ」を合わせるのも和む。


 その後に飲むアッサムティー、アールグレイなどの紅茶がひときわ体に染み込み、ウクレレ療法で身体の疲れもいっぺんに流される。あるいは演奏会をめざして、ウクレレソロを練習するのも、充実した今後の人生設計の一助になる。

 ウクレレはギターと違って弦が四本で簡単にマスターできる。と、思っている人がいるが、いざ初心者が触ると「あれれ?」ということになる。結論としては「全ての楽器は奥が深く難しい」ということだ。でも奥までいかなくてもポロンポロンと楽しめるのがウクレレの良いところである。


 楽器店に行くと、ウクレレの教則本、指導用CD・DVD付きの書籍が陳列されているが、これでマスターできる人は過去にギターを弾いていた人である。
 とりあえず初めての人はウクレレ教室に通うのが一番早い。友人に教わるのもいいが、往々にして口喧嘩になり逆に授業料が高く付いたりするものだ。
 ウクレレを覚えると、コードワークを自然にマスターでき、ギター、ベース、スティールギターと他の弦楽器に素直に移行できる。

 私がウクレレをはじめたのは千葉にいた高校一年生の頃である。ラジオから流れてきたハワイアンやカントリー音楽に釘付けになり、父親の下でアルバイトをして、今は路面店は無いが銀座の十字屋楽器で初めてのウクレレを手にした。その後先輩に教えられ、毎日近くの海岸で必死に練習していた。それ以来何度も買い替えて、現在はかなり高級なウクレレが三台ある。一般に多く見かける小型の“ソプラノ”二台と、一回り大きい艶のある音色の“コンサート”である。

 孫と歌いたいというので、妻にはしぶしぶ一番高級な一台を差し上げた。あまりにも安いウクレレは飾りにはなるが、楽器として使用できない。ウクレレはギターと比べるとボディーが小さいので、信用できるメーカーのものでないと、納得のいく音が鳴らず、そのうちその音に飽きてしまう。
 理想はハワイ旅行に行くくらいの金額を出すと、一生「なでなで」したくなる逸品が手に入る。 
 木でできたウクレレのような楽器は、可愛がる程にいい音を奏で、味わい深くなってくるのである。


【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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