新井由木子【まだたべ】vol.018 島のクリスマスとおばさんの絶叫の巻

何十年と生きていたって、世の中にはまだ食べたことのないものが溢れています。隣の家では毎日のように食卓に並んでいるのに、我が家では見たことも聞いたこともない、なんていう食べものもあるかもしれません。この連載では、そんな“まだ食べたことのないもの”が気になって仕方がない、というイラストレーター・新井由木子さんが、食べるモノや関わるヒトと奮闘する日々を綴ります。

 わたしは昭和40年代の生まれです。幼少時の写真は全てセピア色。十年ひと昔と言いますが、ひと昔が5つも重なって、子ども時代は遠い昔になりました。
 その頃暮らしていた式根島は離島特有の条件下で、当時の世の中より更に少し古い時間を刻んでいました。
 水は雨水をろ過して飲んでいましたし、停電も多かったし、道も舗装されていませんでした。
 物資は船で本州から運んでくるのですが、島の港も今ほど整備されてはいなかったので、少し風が吹くとたちまち欠航。物資を積んだ大型船は、港の少し沖合で着岸できるかしばし迷う様子を見せた後「やっぱ無理、ごめんね」という感じで去って行く。特に海風が強くなる冬には、欠航ばっかりでした。

 当然、食品に関しては運ばれてくるものは賞味期限の長いものばかり。生乳などもっての外ですから、給食には牛乳ではなく保存性がよく栄養価の高い脱脂粉乳が出されていました。
 粉になった牛乳にお湯を注いで出来上がる脱脂粉乳のミルクは、大きなポットにたっぷり入って熱々で教室にやってきます。ポットからそれぞれのアルミのお椀に注ぐと、白い乳から甘い匂いが立ち上ります。

 美味しそうに書きましたが、わたしはこれがとても苦手でした。クラスメイトはみんな「おいしいおいしい」と言っていましたが、脱脂粉乳を飲ませたい先生の言葉を、みんな信じ込んで脳から騙されているのだと思っていました(洗脳という言葉はまだ知りませんでした)。思ってはいましたが、みんなが好きなコレを、わたしだけ嫌いだとは言い出せずにいました。

 脱脂粉乳のポットを傾けると1ポットに1回、白くて柔らかいかたまりがドゥルッと出ます。これは温かい脱脂粉乳の表面に張った膜が揺られてかたまりになったもので、1ポットの中に必ず1コ出来上がっています。これがお椀に出ると、当たった子は歓声を上げて喜ぶのです。信じられんと思っていたけれど、それもやっぱり嫌いとは言い出せず、わたしはドゥルッと出ませんようにと願いながら自分の椀を出していました。ドゥルッと出ると地獄です。

*   *   *

 さて、島には牛乳も来ないくらいなのでクリスマスケーキも当然生クリームではなく、コッテリしたバタークリームのケーキでした。苺の部分は真っ赤なゼリーでできています。でも、とてもとても美味しかった。
 いつだったか大人になってからバタークリームのケーキを食べて、その時はあまり美味しくなくて驚いたものです。綺麗な夕陽を写真に撮っても、そのとき感動した実物のようには写らないのと同じかもしれませんね。子どもの頃の感動や特別感が、バタークリームを夢のように美味しくしていたのかなあ。

 そんな島のクリスマスでしたがサンタクロースはやってきました。サンタのソリは空を行くので、欠航は無いからです。

 ある年のサンタからのプレゼントは、当時のわたしの身長にも引けをとらない、大きな人形でした。キラキラした目をして、西洋風の上品な服を着て、柔らかいウェーブのかかった長い髪をしていました。
 リリーちゃんと名付けたこのお人形がうれしくて、クリスマスの夜は一緒に眠りました。そして翌日、わたしは保育園に出かける時にわざわざ布団を敷きっぱなしにして、大事なリリーちゃんを寝かせて掛け布団をかけておきました。妹もわたしにならって布団にチコちゃん(と名付けていました)を寝かせました。子どものことですから布団もあまりきれいに敷けておらず、くしゃくしゃになった布団の海に、乱れた黒髪の人形の首が二つ覗いている形となりました。

 奇しくもこの日、となりのおばさんが家を掃除しに来てくれました。共働きのウチの両親のために、たまに世話を焼きに来てくれていたのです。おばさんは、布団に並んだ二つの首を見て絶叫したそうです。あとですごく怒ってました。

 島のクリスマスは、イルミネーションも流れるメロディーも無く、静かに、暖かい思い出を残しながら、となりのおばさんの寿命を少しだけ縮めて過ぎてゆくのでした。




(了)


【まだたべ】は、毎週木曜日に掲載します。
 

文・イラスト・写真:新井由木子(あらい ゆきこ)/東京都生まれ。イラストレーター・挿絵描き。埼玉県草加市にある書店「ペレカスブック」店主。挿絵や絵本の制作のかたわら書店を営む。著書に『誰かの見たもの 口伝怪奇譚』『おめでとうおばけ』(大日本図書)、『まんじゅうじいさん』(絵本塾出版)ほか。「この世はまだ たべたことのないものだらけ。東京に近い埼玉県の、とあるカフェの中にあるペレカスブックで、挿絵や絵本を作りながら本屋を営んでいます。料理は上手ではないけれど、生まれ故郷の式根島と、草加せんべいの町あたりを行き来しながら、食べること周りのことを書いてゆきます」
http://www.pelekasbook.com
Twitter:@pelekasbook

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