沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第24回『さすらいの七草粥』

七草粥は土鍋で米から炊くのが沢野さん流。イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。


 正月三箇日がアッという間に過ぎると、七日の七草粥の日がやってくる。世の中も本格的に動きだし、「今年も家内安全、無病息災」と祈る。朝一番に、使いこんだ土鍋をおごそかに取り出し「今年もよろしく」と一声かける。
 七草粥の作り方はいたって簡単である。米一合を研いで土鍋に八倍から十倍の水を入れる。するとさらさらと流れるような体にやさしい中国風の粥ができる。ひたすら六十分、弱火でふつふつと煮る。箸で理由もないのにかきまぜると、米がベトベトになるので注意。鉄鍋とは異なり、土鍋はじんわりゆっくりお米の味を引き出してくれる。炊きあがったら、刻んだ七草を入れ、火を止めて十分ほど蓋をして蒸らす。



「春の七草セット」をスーパーで売っているが、萎びているか値段が高いので手は出さない。セリとダイコンの葉、細かく刻んだカブがあれば充分である。
 時代や地方によって入れる七草もさまざまなのだから、些細なことに囚われず春を感じれば良い。



 七草粥は基本的に薬膳である。漢方薬となる野草がうまく調合されている。絶対にしてはならないのは、セリと間違えて、まだ若葉のコバイケイソウを摘み、鍋に入れてしまうことである。有毒植物で、めまい、下痢、嘔吐と、病状によっては意識を失う。
 私は野山を長い事歩いてきたので、怖い毒草についての知識はかなりある。若葉の頃は、どの芽もみずみずしくておいしそうに見える。だが野山にはいくつもの落とし穴が待ち構えている。「青果店で買った野菜」が一番安全である。ある本で知ったのだが、歌人の斎藤茂吉が野の草を摘んで七草粥を作ったら、家族全員が下痢をして大変に苦しんだそうだ。



 私は妻と二人だけのしんみりした七草粥が怖い。子どもたち二人はすでにそれぞれ家庭を持ち、家には居ない。土鍋から粥をお椀に注いでいる。そして不意に静かな声で
「あの頃、あなたはどこで遊んでいたの」
「……」
 私は中国の「亀鳳斉齢(きほうせいれい・亀と鳳凰はともに長寿)」に話題を逸(そ)らし、続いて「出門見喜(しゅつもんけんき・門出に喜びが現われる)」の版画の絵を妻に見せ、中国では新年にこんなモノを家の中に貼るんだよと言った。





 七草から春分の頃までが一番寒い。私は二月生まれの妻の性格を充分に知っているので、冬の間はじっと我慢して外出はほどほどにしている。





【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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