沢野ひとし【食べたり、書いたり、恋したり。】第26回『深谷ねぎに寄り添って50年』

ねぎを食べれば風邪にも負けません。イラストレーター・沢野ひとしさんが“食”にまつわる思い出や発見を、文章とイラストで徒然に綴る連載です。

 十代の終わりの頃に谷川岳に初めてスキーに行った。帰りにツアーバスは埼玉県・深谷の街道で休憩を取った。そこには、あたり一面に深谷ねぎの旗がたなびいていた。
 泥の付いた一抱えもあるねぎにスキー客はわらわらと群がり、私も釣られて泥ねぎを買ってザックに押し込んだ。
 持ち帰ったそのねぎは、すき焼きに鍋物にと春まで大活躍であった。家の者に良い買い物をしたと大層ほめられた。
 それからはスキーバスが深谷を通るたびに、泥付きねぎを抱えていた。


 結婚してからも冬になると、泥付きねぎを求めて、青果店で情報を収集していた。群馬県の下仁田ねぎ、愛知県津島市の越津(こしづ)ねぎと放浪し、ぐるりと一周してやはり深谷ねぎに落ち着いた。


 ねぎはなるべく長い一本のままで焼いて、中の甘みを逃したくない。しかし近ごろは庭で焚き火もできないので、ガスコンロで焼くしかない。
 5~7センチくらいに切ったねぎが、焼き色が付くくらいになったら、鍋に入れる。食べる時にねぎの芯が飛びだして、火傷をすると危ないので、箸で裂く。


 焼いただけのねぎも信州味噌を付ければ、酒のアテに最適。味噌以外に、擦り下ろしたしょうがとマヨネーズを付けて食べるのも侮れないおいしさがある。

 庭にいつも深谷ねぎがあると思うと安心感が違う。米と味噌とねぎさえあれば、生きるうえで何一つ困ることはない。夕暮れに腕を組み、植えられたねぎの束をじっと一人で見つめている時がある。草花よりねぎを愛しく思う。ねぎには派手さはないが、常に実直である。


 そういえば白髪ねぎの作り方を最近まで知らなかった。
 4~5センチに切ったねぎは縦に切りこみを入れ、中の緑の芯を取り、繊維にそって細く細く切る。水にさらし、しゃきっと生き返らせ、布巾で水分を取る。白髪ねぎを覚えると料理が一気に高級料亭風になる。その白さはまるで芸術作品のように美しい。


 ねぎはわき役ではない。そう深谷ねぎは主役である。冬から春にかけて毎日の食卓に登場してくる。日々、焼いたねぎを鍋に入れ、無心に食べていると、いつの間にか春になっていたりする。
 妻は長ねぎ派ではなく、タマネギに思いを詰めている。時々タマネギを頭の上に乗せて、モデルのように背筋を伸ばして鏡の前に立っている。



【食べたり、書いたり、恋したり。】は、ほぼ隔週水曜日に掲載します。
 

文・イラスト:沢野ひとし(さわの ひとし)/名古屋市生まれ。イラストレーター。児童出版社勤務を経て独立。「本の雑誌」創刊時より表紙・本文イラストを担当する。第22回講談社出版文化賞さしえ賞受賞。著書に『山の時間』(白山書房)、『山の帰り道』『クロ日記』『北京食堂の夕暮れ』(本の雑誌社)、『人生のことはすべて山に学んだ』(海竜社)、『だんごむしのダディダンダン』(おのりえん作・福音館書店)、『しいちゃん』(友部正人作・フェリシモ出版)ほか多数。趣味は山とカントリー音楽と北京と部屋の片づけ。

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