イタリアに行ったらぜひ体験したいSA! 高速道路の橋上レストランの楽しみ

もうすぐ夏休み。車での長距離移動のお楽しみは、サービスエリア(SA)のグルメな名物、というかたも多いのでは。ところで海外のSAって、どうなっているのでしょう? そこで今日は、イタリアのSA事情について、NHKラジオのテキスト『まいにちイタリア語』連載でもおなじみのコラムニスト・大矢麻里さんに教えていただきましょう。

イタリア戦後史の縮図 サービスエリアへGo!

イタリアにおける高速道路の歴史は古く、1924年にはミラノ-ヴァレーゼ間(現A8号線)が開通。これは世界初の有料高速道路ともいわれます。翌年にはコモ湖畔を結ぶ路線も繋がりました。ミラノの貴族や富裕層が、避暑地の別荘へ快適に移動できることも、初期の高速道路の目的のひとつでした。日本の名神高速開通が1963年ですから、いずれもいかに早いかが分かります。

その後、イタリアは第二次世界大戦を経て、1950年代に高度成長期が始まります。所得向上は一般の人々にも自動車をもたらしました。そうした中、菓子メーカー『パヴェージ』は老舗でありながら時代を先読みしました。当初ミラノ-トリノ間の料金所付近にあった売店をバールに改装。さらに1959年には別区間に欧州初の跨線橋式サービスエリア(SA)を開業します。走る車を橋上から眺めつつとる優雅な食事は、たちまち人々の憧れとなりました。新商品が地方まで行き渡らなかった当時に、テレビで見たお菓子をSAの売店でいち早く購入できたことも、同様に人々を惹きつけたのです。

往年の橋上SAは、今日も各地に残ります。レストランはセルフサービスが主体で、オリーブオイルやバルサミコ酢が自由に使えるのはイタリアならでは。また日本と異なり、店内は一方通行で、トイレだけを利用しても売店を一巡しないと外に出られません。並んだ特産品やお菓子などの間を通過して出口へ向かうのです。表向きの理由は防犯ですが、「何か1個でも購入してくださいよ」という店の思惑も見え隠れします。とかいいながら、その作戦にまんまと引っかかっているのはこの私です。


ミラノ-ナポリを繋ぐA1号線は半島を縦断する幹線。「太陽の高速道路」の別名を持ちます。ボローニャ郊外のカンタガッロに位置する跨線橋式SAは1961年の開業です。


SAに隣接するガソリンスタンドで売られていたお守り。聖クリストフォロは幼子イエスを肩に乗せて川を渡ったという伝説から、旅人の守護聖人とされています。ダッシュボードなどに貼ります。


1968年に登場したロングセラーのチョコレート『ポケットコーヒー』。ひと口噛めば、中に詰まった濃厚な液体エスプレッソが口いっぱいに広がります。運転中の眠気覚ましにおすすめです。

 

大矢麻里(おおや まり)/イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』『朝日新聞デジタル』など連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)がある。

撮影:大矢麻里