【コラム】人気のイタリアン・デザート「ティラミス」のルーツとは?

一世を風靡したものの中には、ブームを過ぎればいつのまにか忘れられてしまうものも沢山ありますが、中には人気が定着するものもあります。1990年代の大ブーム後、今では定番のイタリアン・デザートとして老若男女に愛され続ける「ティラミス」もその一つです。そもそも「ティラミス」はどのようにして誕生したのか? そのルーツについて、イタリアを拠点に幅広く取材・執筆・撮影を手がける池田愛美さんと池田匡克さんの著書『Dolce! イタリアの地方菓子』からご紹介します。

イタリアのレストランで、最も普及しているデザートメニューはティラミスだろう。マスカルポーネのなめらかで濃厚な味わいとかぐわしいカフェの香り、存分に食事を楽しみ、満腹なはずなのに、不思議と胃袋に収まってしまう魅惑のデザートである。

パスティッチェリアにもないことはないが、一般的にはデザートとしてレストランで出合うことが多いティラミスの誕生はやはりレストランである。
 ヴェネト州トレヴィーゾ。ヴェネツィアから北へ30kmのところにある水路に囲まれたこの古い街に、創業1875年の「アンティコ・リストランテ・ベッケリーエ」がある。元は食肉加工場、18世紀末には肉の市が立つ広場で、件の店は精肉業者を相手にズッパ・ディ・トリッペ(トリッパ煮込み)を出す食堂として繁盛していた。
 時は下って第二次大戦が終わり、イタリアも復興期から経済成長期に入る頃の’60年代から’70年代初め、この店の名物デザートが評判となる。中欧帰りの料理人が編み出したデザートに、ティラミスと名づけたのは、アントニエッタ・カンペオール、この店の主人の妻だった。

“私を上に引き上げて”という意味のネーミング、絶妙かつ覚えやすい響きと誰にも好もしい味わいで瞬く間にイタリアはおろか、遠くアメリカにも広まった。レシピを編み出したとされる料理人によれば、もともとは地元の農民が滋養強壮に食したという砂糖を加えて泡立てた卵黄クリームが源で、そこにマスカルポーネを加えたという。
 シンプルかつ美味。しかも、誰にでも作れる。さらに言えば、レモン味やいちご味、卵を使わない、マスカルポーネを使わない、リキュールを加えるなど、無数のバリエーションが楽しめる。主素材を使わなければ厳密にはティラミスではなくなるかもしれないが、そんなことを厭わない懐の深さがこのデザートの不動の魅力なのだろう。


Antico Ristorante Beccherie(アンティコ・リストランテ・ベッケリーエ)
Piazza Ancilotto,11 Treviso
Tel.0422-540871
(注)現在は経営が変わりモダンなレストランとなっている

 

文:池田愛美(いけだ まなみ)・写真:池田匡克(いけだ まさかつ)/出版社勤務を経て98 年に渡伊、雑誌を中心にイタリアの食、旅、職人仕事などを取材執筆。共著に『アマルフィ&カプリ島 とっておきの散歩道』『フィレンツェ美食散歩』(ダイヤモンド社)、『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』(河出書房新社)、『サルデーニャ!』(講談社)などがある。フィレンツェ在住。

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