【コラム】ルーツはインドにあり? もっと知りたいジェラートの魅力・その1

暦の上では暑さが終わる「処暑」ですが、厳しい残暑にまだまだ冷たいものが恋しくなります。そこで8月27日の「ジェラートの日」に向けて、4日間に渡り、ジェラートの魅力に迫ります。まずはイタリアでのジェラート事情と、意外と知らない歴史について、イタリアを拠点に幅広く取材・執筆・撮影を手がける池田愛美さんと池田匡克さんの著書『Dolce! イタリアの地方菓子』からご紹介します。

ジェラート天国 イタリア

パスタ、ピッツァに並ぶイタリアを代表する食べ物、ジェラート。子供はもちろん、大人だって仕事の合間に、アペリティーヴォ代わりに、また飲んだ後にもジェラート、ジェラート、ジェラート、である。完全栄養食だから、夏は食事の代わりにジェラートでもいい、などという極端なことを言うイタリア人までいる。さて、そんな魅惑のジェラートとは、いったいなんだろう?

数字で見るイタリアのジェラート

イタリアのジェラートにはふたつのカテゴリーがある、ジェラート・アルティジャナーレ(店の中で作り、その場で販売する)とジェラート・インドゥストゥリアーレ(工場で作り、小売店で販売する)だ。イタリアでジェラートといえば、アルティジャナーレが一般的である。

2009年の時点でイタリア全国には3万6970軒のジェラテリア・アルティジャナーレがある。州別ではロンバルディアがトップで6093軒、次いで、ヴェネト、エミリア・ロマーニャと北イタリアが優勢だ。因みにこの中にはジェラートだけを扱う店とバール・ジェラテリア、ジェラテリア・パスティッチェリアなども含まれている(Confartigianato調べ)。

イタリア人の87%がジェラートを食べると答え(ACNielsen調べ)、年間の一人当たりの平均消費量は約6kg。一番人気はチョコレート、次いでヘーゼルナッツ、レモン、いちご、クリーム、ストラッチャテッラ(チョコチップ入りミルク)、ピスタチオの順(Eurisko調べ)。イタリアには約600種類のフレーバーがあるといわれているが、人気があるのはやはりオーソドックスな味だ。


しっかりマンテカーレ(空気を含ませるための撹拌作業)したジェラートはクリーミーでごく軽い食感

ジェラートの歴史

ジェラート、というよりも、その前身だが、山に降った雪など自然界の氷を食べ物の保存に使うようになり、それが発展して果物やその絞り汁を混ぜて食べるようになったのは数千年前の中国、小アジア、そしてエジプトあたりが初めだと考えられている。氷は貴重品で、その保存も難しかったため、誰もが食べられたわけではなく、王や権力者の特権的食べ物であった。その後、古代ギリシャでは、天然の氷を保存する氷室のシステムがほぼ確立し、夏にはその氷にはちみつや果物の絞り汁を混ぜた飲み物が人気を博した。紀元前5世紀にヒポクラテスは「夏に冷たい飲み物は体に毒である。なのに、誰もそれを信じない」と嘆いている。さらに引き続いて古代ローマ帝国の皇帝や貴族たちもこの氷の飲み物を大変に好んだという。彼らは、はちみつや果物だけでなくミルクも加えていたらしい。こうした特別な飲み物を製造する工房(テルモポリア)もあり、冬には温かい飲み物、夏には冷たい飲み物を上流階級の人たちに提供していた。

初めて、ジェラートらしきものを作り出したのは、おそらくインドだとされている。6世紀頃、塩などのミネラルを水に加えることによって氷を作ることに成功、牛乳と砂糖(蔗糖)を混ぜ合わせ煮詰めたものを冷やし固めたのだ。この方法がしかし、ヨーロッパに伝わったのは、15世紀終わりのことである。暗黒の中世では人々は生きることに精一杯で、食べる楽しみなど二の次であった。

イタリアでジェラートの前身、ソルベットの萌芽が見られたのは、9世紀以降のシチリアである。アラブ人は地中海世界を制覇すべくシチリアに上陸し、柑橘やサトウキビやピスタチオをもたらした。そして、アラブ人がchorbetと呼ぶ氷にはちみつや果物や木の実を混ぜたものが広まった。


昔ながらの樽と氷を使ってジェラートの実演

それからジェラートの登場まではしばらく時が経つ。伝説めいた話で言えば、16世紀半ば、トスカーナ大公メディチ家のコジモ1世が、スペイン王を招いた饗宴のために建築家ベルナルド・ブオンタレンティに“特別な仕掛け”を命じ、ブオンタレンティは当時イタリアに伝わったばかりの冷蔵システムを改良して、クリームにインドから取り寄せた砂糖を加え、特別なデザートを披露したという。そしてさらに、フランス王に輿入れしたカテリーナ・デイ・メディチお付きの料理人によってフランス宮廷にジェラートが広まったとも。フィレンツェはこの事をもって近代ジェラート発祥の地と名乗り、ブオンタレンティと名づけたクリームのジェラートを売りにするジェラテリアもある。

貴族から庶民の間にジェラートが広まるのは、17世紀後半、シチリアの漁師の出のフランチェスコ・プロコーピオ・デイ・コルテッリがパリで開業したカフェ・ジェラテリアからだといわれている。プロコーピオはそれまでの“氷の塊”を、冷やしながら混ぜることによって空気を含ませた柔らかいジェラートとして売り出し、カフェに出入りする知識階級、芸術家たちの間でジェラートは評判となった。カフェ「プロコーペ」はヨーロッパにおけるジェラートの発信地として今なお語り継がれている。



昔は氷は庶民の口には入らない貴重品だったんですね。さらにジェラートの魅力に迫る「その2」は、次週8月28日に続きます。


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文:池田愛美(いけだ まなみ)・写真:池田匡克(いけだ まさかつ)/出版社勤務を経て98年に渡伊、雑誌を中心にイタリアの食、旅、職人仕事などを取材執筆。共著に『アマルフィ&カプリ島 とっておきの散歩道』『フィレンツェ美食散歩』(ダイヤモンド社)、『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』(河出書房新社)、『サルデーニャ!』(講談社)などがある。フィレンツェ在住。