【コラム】クロワッサンのルーツはウィーンにあり? 朝食に欠かせないパン「キップフェル」

先週に続き、イタリアを拠点にヨーロッパに関する取材・執筆・撮影を手がけている池田愛美さんと池田匡克さんの著書『最新版 ウィーンの優雅なカフェ&お菓子 ヨーロッパ伝統菓子の源流』から、ウィーンのおいしい情報をご紹介します。ウィーンの朝食に欠かせない「キップフェル」とは? ウィーンで人気のパン屋さんに取材しています。

貧困に喘ぎ、食べるパンもないと訴える民衆に「パンがなければお菓子を食べればいいのに」と言ったフランス王妃マリー・アントワネットがその頭に思い描いたのは、故郷のバラエティ豊かな粉菓子(メールシュパイゼ)やヴィエノワズリーとフランスで呼ばれたペストリーだっただろう。

ウィーンのパン屋さんを覗くと、その種類の多さに戸惑うことがある。日本のような創意工夫に満ちた具のコンビネーションとはまた違って、甘味系のパンがそれこそ無数にある。そして、その多勢の甘味系のなかで堂々と中央に陣取っているのが、キップフェルだ。



“三日月”という意味のキップフェルの謂れは、ウィーンを何度も攻めようとした宿敵オスマン・トルコに因むという説がある。1683年のウィーン包囲の折、地下の厨房で仕事をしていたパン屋が妙な物音に気づき、それを自国軍に報告したところ、敵が地下トンネルを掘っていたことがわかり、侵入を未然に防ぐことができた。その褒賞として、トルコ国旗の三日月を象ったパンを作ることが許されたというのである。

ことの真偽は定かではないが、16世紀に創業したパン屋グリムの主人によれば、その以前からキップフェルは作られていた可能性があり、おそらくオスマン・トルコ国旗説は後付けであろうという。その形状からシンプルに名前をつけた、というほうが自然だが、物語としては面白味に欠けるので、件の伝説が生まれたのではないだろうか。コーヒー伝説と同じように。

そもそものキップフェルは粉と水と塩だけで作るごくシンプルなパンであった。それがやがて、バターや牛乳、砂糖を加えたソフトな生地で作られるようになり、甘く柔らかなキップフェルが普及した。マリー・アントワネットはこれを大層好んでいたため職人を連れてフランス王家に輿入れし、こうしてキップフェルはフランスに持ち込まれたのである。さらに後にフランスはたっぷりのバターを織り込んだ生地で作るキップフェルを開発、これがクロワッサンと呼ばれるようになったという。



グリムで作っているキップフェルのバリエーション

ミュールベスキップフェル
バター、砂糖、牛乳を加えた柔らかな生地で作る。ミュールベとは、柔らかなという意味。



ブリオーシュキップフェル
ミュールベ生地よりもさらにリッチな生地で作るキップフェル。



クロワッサン
バターを折り込んだ、いわゆるフランス式のクロワッサン。



ラウゲンクロワッサン
プレッツェルと同じように、表面に苛性ソーダを塗って赤く着色させる、塩味のパン。



ツァウナーキップフェル
フランツ・ヨーゼフ皇帝とエリザベート皇妃が好んだ保養地バート・イシュルにあるカフェ発祥のキップフェル。アーモンドをたっぷり使ったコクのある味。



Point

グリム
Kurrentgasse 10 1010 Wien
Tel.(01) 533 13 84-0
7:00~18:30 土8:00~13:00 日休

私たちも大好きなクロワッサンのルーツと思われる「キップフェル」。さまざまバリエーションもあり、パン屋さんで目移りしそうですね。ウィーンを訪れたらぜひ食べてみてください。



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文:池田愛美(いけだ まなみ)・写真:池田匡克(いけだ まさかつ)/雑誌編集者として出版社勤務後、1998年よりフィレンツェ在住。イタリアをはじめヨーロッパに関する雑誌、書籍の執筆、撮影を手がける。著書に『サルデーニャ!』(講談社)、『フィレンツェ美食散歩』『ローマ美食散歩』『アマルフィ&カプリ島 とっておきの散歩道』(ダイヤモンド社)、『伝説のイタリアン、ガルガのクチーナ・エスプレッサ』(河出書房新社)、『Dolce!イタリアの地方菓子』『極旨パスタ』(世界文化社)など。イタリアの料理、旅、書籍などを紹介するwebジャーナル「サポリタ SAPORITA」(http://saporitaweb.com)を主宰。